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セルの録音(1966年〜1970年)


〇1966年1月21日

スメタナ:「わが祖国」〜交響詩「モルダウ」

クリーヴランド管弦楽団
(クリーヴランド、セヴェランス・ホール、米CBS・スタジオ録音)

前半が心持ちテンポ早めにして、セルらしく、かつきりとして純音楽的な表現で聴かせます。ただしヨハネの急流からテンポが揺れ始め、最後はかなりテンポを上げて表現が熱くなるのは、描写的表現に傾いたか・それともセルが思わず曲に入れ込んだか分かりませんが、ここは端正な方向に抑えた方がセルらしかったのでは。


○1966年11月

ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」

アムステルダム・コンセルトへボウ管弦楽団
(アムステルダム、コンセルトヘボウ、蘭フィリップス・スタジオ録音)

要所要所を的確に押さえ・さらに表現に無駄がなく・引き締まった演奏になっています。全体にテンポが早めで・直線的な表現は演奏にキリッとした緊張感を与えています。リズムもインテンポで明確に取られていて、セルらしい個性と美質を示していると思います。コンセルトへボウ管は弦の引き締まった響きが素晴らしく、セルの要求によく応えています。


○1966年11月27日ライヴ

ワーグナー:ファウスト序曲

アムステルダム・コンセルトへボウ管弦楽団
(アムステルダム、コンセルトヘボウ)

響きの厚いワーグナー・サウンドではなく、すっきり明るく透明な響きがちょっとワーグナーのイメージと違う感じですが、演奏は素晴らしいと思います。重々しい序奏から一転して展開部に入ると、颯爽と早いテンポで斬り込んでいく、リズムが斬れた充実した演奏です。


○1967年10月7日

ブラームス:交響曲第1番

クリーヴランド管弦楽団
(クリーヴランド、セヴェランス・ホール、米CBS・スタジオ録音)

録音のせいかオケがこじんまりと聴こえて・スケール感に乏しい感じがしますが、演奏自体はやるべきことはピシッと押さえて・規格正しいという感じがします。それで堅苦しいところはまったくありません。中間楽章はあっさりと抑えた表現で・バランスよく聴かせます。テンポ設定・造形的にも納得できる演奏で、古典的で落ち着いた佇まいという点で第1級の演奏だと思います。強いて言えばもう少し濃厚なロマン性が欲しいところです。第4楽章終結部ではちょっと熱くなった感じがありますが、全体的には冷静さを保った演奏です。


○1967年10月12日ライヴ

マーラー:交響曲第6番「悲劇的」

クリーヴランド管弦楽団
(クリーヴランド、セヴェランス・ホール)

セルらしく客観性を保って・楽譜の音符を忠実に音にしたような印象ですが、決して表面的に整ったというだけの演奏ではありません。微妙なニュアンスを十分に盛り込んで熱く、それでいて交響曲としての構成感をしっかりと保った見事な演奏だと思います。もっとも前半1〜3楽章はそのような熱さや情感のうねりを表面にあからさまに出すことを抑制するような感じがありますが、第4楽章からは熱さが表面にぐっと出てきて・火がついたような感じになります。疾走するパワーと激しさがあって、しかも表現を尽くして決して乱れることがない見事な出来です。したがって第4楽章が圧倒的な出来ですが、前半の3つの楽章も早いテンポで造形を引き締めて・純音楽的な古典的な趣さえ感じさせます。第3楽章のスッキリした叙情的な美しさが印象的です。


○1968年2月1日ライヴ

ヴェルディ:レクイエム

ガブリエルラ・トゥッチ(ソピラノ)、ジャネット・ベーカー(メゾ・ソプラノ)
ピエール・デュヴァル(テノール)、マルティ・タルヴェラ(バス)
クリーヴランド管弦楽団・合唱団
(クリーヴランド、セヴェランス・ホール)

セルにしては珍しいレパートリーのようですが、セルらしく・リズムをきっちりと取った・折り目正しい演奏です。外に向かって開放するようなスケール感はなく、むしろ内に向けて凝縮していくイメージです。したがって、オペラティックに旋律を伸びやかに歌っていく感じはなく、きっちりとツボを抑えながら淡々と音楽を進めていく感じで、独唱陣・合唱にもそうした表現を求めており、こじんまりして地味な印象は否めません。しかし、押さえるべきところはしっかり押さえていますから、宗教音楽としての格調は確かに感じます。


○1969年5月

ブラームス:ヴァイオリン協奏曲

ダヴィッド・オイストラフ(ヴァイオリン)
クリーヴランド管弦楽団
(クリーヴランド、セヴェランス・ホール、EMI・スタジオ録音)

テンポを大きく動かすことなく・しっかりした足取りで、格調高い演奏であると思います。派手なところがなく・淡々と音楽を進めているようでいながら、演奏者の器の大きさが自然と滲み出てくるようです。オイストラフはもちろんテクニックは素晴らしいですが、旋律をじっくりと歌い上げ、特に第2楽章は心に染み渡るような表現です。セルの伴奏も見事なもので、独奏者と張り合うようなところはなく・まさに一体となった演奏を聴かせます。第1楽章はスケールがおおきく、独奏を包み込むような感じで・威圧的なところはまったくありません。クリーヴランド管は響きが柔らかく豊かに感じられます。


○1969年5月10日ライヴ

ドヴォルザーク:チェロ協奏曲

ムスティラフ・ロストロポービッチ(チェロ独奏)
クリーヴランド管弦楽団
(クリーヴランド、セヴェランス・ホール)

セルのサポートは協奏曲のお手本のような感じです。自己主張が強くなくて、ロストロポービッチのソロを手堅くサポートします。このさりげないサポートにドヴォルザークに対するセルの心情が見えるような気がします。もっとも火花散るような熱さはないので、この夢の組み合わせにしては物足りないとい感じがしないではないですが。対するロストロポービッチも派手に動き回るのではなく、じっくりと音楽を聴かせようという感じです。両端楽章での叙情的な主題もしみじみとした情感がこもった歌わせ方です。


○1969年8月24日ライヴー1

ベートーヴェン:エグモント序曲

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭大劇場)

ウィーン・フィルの自発性をよく生かして・オーソドックスな演奏に仕上がっています。テンポは早すぎることなく・遅すぎることなく、響きはずっしりとしてドイツ的な重量感があえいます。インテンポで折り目正しく、リズムがしっかり取れておるので安定感があるのです。派手さがありませんが、堅実な演奏であると思います。


○1969年8月24日ライヴー2

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番

エミール・ギレリス(ピアノ独奏)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭大劇場)

ギレリスのピアノ独奏は打鍵が強く、力強いスケールの大きい演奏に仕上がっています。セルの伴奏は出過ぎるところがまったくなく、しっかりと独奏者を盛り立てることに徹した指揮振りです。ウィーン・フィルの響きもすっしりと重い・いかにもドイツ風の感じです。両者の火花の散るようなぶつかり合いを期待すると肩すかしを食いますが、特に第1楽章はインテンポで実にオーソドックスな印象の演奏です。第2楽章は深みのある・じっくりとした内省的な音楽です。しかし、次第に演奏は熱くなってきて・第3楽章では両者ともに活気のある演奏を聞かせます。


○1969年8月24日ライヴー3

ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭大劇場)

ウィーン・フィルの重厚な音色と・セルの端正な造型がマッチして・古典的な佇まいを感じさせる好演に仕上がりました。一見おとなしい感じですが、造型は引き締まって無駄がありません。四つの楽章の連携が取れていて・構成がしっかりしています。大上段に振りかぶることなく・しっかりと手綱を締めていますが、描き出すものに不足はありません。第1楽章も良い出来ですが、これ以降が素晴らしい出来です。第2〜3楽章は表現に力みがなく・そのうまさには感心させられます。ここでじっくりと力を溜め込んで・第4楽章に流れ込んで行くのです。第4楽章では心持ちテンポを早めに取り・輝かしいフィナーレを作り出しています。ここでは冷静なセルもさすがに熱くなっているようです。


○1969年12

ベートーヴェン:「エグモント」序曲

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ソフィエン・ザール、英デッカ・スタジオ録音)

テンポをゆったりと取り・旋律の歌い方もしなやかで・余裕たっぷりの表現だと思います。ウィーン・フィルは艶のある柔らかい音は魅力的ですが、もう少し造形に張りが欲しい気もしますが、その落ち着いた味わいは見事なものです。ウィーン・フィルの自発性を生かし・手綱を少し緩めた感じでの名演と言えましょう。


○1970年4月−1

ドヴォルザーク:交響曲第8番

クリーヴランド管弦楽団
(クリーヴランド、セヴェランス・ホール、EMIスタジオ録音)

クリーヴランド管の弦は柔らかく透明で、インテンポを取った格調ある造型の演奏に仕上がりました。第1楽章は展開していく風景描写が細やかで、旋律をスッキリと伸びやかに歌い上げています。第2楽章は足取りをゆっくりと取った深い音楽です。ことさらに民族色を打ち出すわけでもないのに、体の温もりを感じさせる音楽になっています。印象的なのは第3楽章で、この楽章においては郷愁を感じさせる濃厚さがあり、セルにしては珍しく主情的に思われます。第4楽章は快活な音楽ですが、テンポがしっかりしており・決して観客をあおることがないのはセルらしいところです。


○1970年4月ー2

ドヴォルザーク:スラヴ舞曲第10番・第3番

クリーヴランド管弦楽団
(クリーヴランド、セヴェランス・ホール、EMIスタジオ録音)

セルにしては珍しく感情思い入れの強い・主情的な演奏かと思います。テンポを遅めに取り、旋律をねっとりと歌わせる感じなのはちょっと意外でした。しかし、オケの響きは暖かく透明であるので、音楽は決して重くなっていません。テンポの緩急を巧くつけて・音楽に変化を与えていますが、特にテンポの遅い部分について民族色を感じさせて印象に残ります。


○1970年4月27日・29日

シューベルト:交響曲第9番「ザ・グレート」

クリーヴランド管弦楽団
(クリーヴランド、セヴェランス・ホール、EMIスタジオ録音)

セルの演奏はフォルムを厳格にオケに強制するというより・オケを控えめに誘導しつつ全体のバランスを締めていくようです。したがって、オケの性能を全開するのではなくて・高排気量の車をゆっくり走らせているような余裕が全体に出ているようです。何よりも繰りーヴランド管の渋く柔らかい音色がとても魅力的です。流れ出る音楽に少しもとがったところがなく・実にしなやかで美しいのですが、しかもそれは甘ったるいのではなく・古典的な印象があります。特に素晴らしいのは第2楽章です。しっとりと落ち着いて・過去への回想の情が懐かしさを感じさせます。第1楽章はやや遅めのテンポで始まりますが、展開部に入るとテンポは若干早くなります。しかし、全体的にはテンポの変化は目立つわけではありません。第3〜4楽章もリズムを前面に押し出すことをせず、手綱を抑えて足取りをしっかりと取っていて、深みと落ち着きのある仕上がりになっています。晩年のセルの枯淡の境地を見る思いです。


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