(戻る)

ショルティの録音(1986年)


○1986年2月−1

チャイコフスキー:大序曲「1812年」

シカゴ交響楽団
(シカゴ、オーケストラ・ホール、英デッカ・スタジオ録音)

どの部分も同じような感じに聴こえて・ドラマ構成が平板な感じです。ふたつの国歌が入り交じる面白さも構造的な興味に還元されてしまって・ドラマ性が感じられません。シカゴ響はさずがに腕利きですが、曲の持つ芝居っ気を良くも悪くも生かしきっていない感じで・かえって曲のあざとさが露わに見えてしまったようです。


○1986年2月ー2

チャイコフスキー:幻想序曲「ロミオとジュリエット」

シカゴ交響楽団
(シカゴ、オーケストラ・ホール、英デッカ・スタジオ録音)

鋭角的でリズムを明確にとった線の強い演奏で、ショルティらしいアプローチと言うべきでしょうか。戦いの場面においてはシカゴ響の激しいオケの動きが見事で・その硬質で非人間的な響きもそれなりですが、しかし、叙情的な場面においてはやはり雰囲気に乏しい感じで物足りません。甘さを感じさせない厳しい造形ですが、ドラマの設計図を見せられているような味気なさがあります。


○1986年2月ー3

チャイコフスキー:バレエ組曲「くるみ割り人形」

シカゴ交響楽団
(シカゴ、オーケストラ・ホール、英デッカ・スタジオ録音)

これもリズムを明確に取って・造形が硬く・楽譜を忠実に音化したような生真面目さがショルティの持ち味ですが、曲自体が十分に甘いので・ショルティの音楽の強さがそれなりに楽しめます。インテンポの演奏は踊りやすいかもという気もします。曲はやはりリズム主体の「トレパーク」や「中国の踊り」・「あし笛の踊り」などが似合い、オケの名人芸が楽しめます。序曲はメルヒェン的な導入としてはやや硬く感じられ、花のワルツはもう少し雰囲気が欲しいところで・もうすこしリズムや歌わせ方に遊びが欲しいと思わせますが、こういう場面でも個性を譲らないところがショルティらしくて好感が持てます。


○1986年3月26日ライヴ

マーラー:交響曲第5番

シカゴ交響楽団
(東京、東京文化会館)

全体的に早めのテンポを取り、引き締まった明解な表現です。いわゆる世紀末のドロドロとした情念を描き出すのではなく・ある意味では健康的な視点から複雑なスコアを読み解くような感じがあって、聴いていて全体の設計がスッキリと見えてくるような精緻な演奏です。そのショルティの表現を可能にしているのがシカゴ響ですが、ダイナミクスの変化の大きさ、リズムの斬れの良さ、その色彩感も比類なく・もう唖然とするばかりの見事さです。聴いていて「完璧」という言葉が頭に浮かんできます。もちろんショルティの解釈が健康的に過ぎるという批判もあり得ると思いますが、マーラーの音楽を普遍的な高みにまで引き上げる視点を持ち得る演奏であると思います。どの楽章も素晴らしいと思いますが、やはり圧巻は第4〜5楽章かも知れません。あの美しいアダージェット(シカゴ響の弦セクションは実によく歌っています)が、第5楽章の風変わりな音楽のなかで回想される時に、分裂的なマーラーの作風の面白さが絵に描いたように見えてくる気がします。


○1986年3月26日ライヴー2

ドビュッシー:夜想曲〜祭り

シカゴ交響楽団
(東京、東京文化会館)

来日公演のアンコールの一曲です。きらめくような色彩感と弾けるようなリズム処理でシカゴ響の機能全開といった感じで、聴く者を圧倒する演奏です。曲の設計が明確そのもので、カーニヴァルの熱狂が鮮烈に刻み込まれます。アンコールピースですが、これはこの曲ではちょっと忘れ難い演奏です。


(戻る)