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小沢征爾の録音(1980年〜1989年)


○1983年12月16日ライヴ

マーラー:歌曲集「子供の不思議な角笛」より7曲

ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン独唱)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)

特に「ラインの伝説」・「浮世の生活」と言うような普通は女声によって歌われる曲をF=ディースカウが歌うことにも興味がそそれらますが、実に真正面に歌っており・見事なものです。相変わらず語句明瞭で・歌詞の細部に到るまでの読みの深さは比類がありません。「トランペットが美しく鳴り響く所」での哀愁と虚無、「死んだ鼓手」での背筋が寒くなるような不気味さなど聴き物です。小沢のサポートもうまいもので・楽しめますが、ベルリン・フィルの響きが豊穣なせいもありますが・全体にロマンティックな方に傾いていて、残念ながらF=ディースカウの歌唱に潜む虚ろな世界までは管弦楽で表出しきれていないように思われます。


○1984年8月31日ライヴ

ドヴォルザーク:チェロ協奏曲

ヨー・ヨー・マ(チェロ独奏)
ボストン交響楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭大劇場)

叙情味の優ったドヴォルザークです。小沢の指揮するボストン響の響きは透明で美しく、特に弦セクションは重厚かつ木目が細かくて素晴らしいと思います。特に第1楽章の第2主題はしみじみとした情感にあふれて美しくて魅力的です。逆にスケール・躍動感という点では、ややこじんまりまとまった感じで物足りないところもなくはありません。ヨー・ヨー・マのチェロは音色も豊かで聴きごたえがしますが、自由奔放と 言うより・じっくりと情感を歌い上げるタイプなので、ソリストの個性も考えて小澤が意識的にオケを抑えたということかも知れません。その点で第1楽章の出来が素晴らしく、第2楽章はややもたれる面なきにしもあらず。


○1985年12月−1

ドヴォルザーク:チェロ協奏曲

ムスティラフ・ロストロポービッチ(チェロ独奏)
ボストン交響楽団
(ボストン、ボストン・シンフォニー・ホール)

まずロストロポービッチの自由奔放にして繊細なチェロが何と言っても聴き物です。この演奏はロストロポービッチの7回目の録音になるそうですが、この曲の録音はこれを以て打ち止めという契約をレコード会社に結ばされたそうです。しかし、それだけの意気込みを感じさせる見事な出来です。ロストロポービッチのチェロは響きが豊かで暖かく、微妙な歌いまわしにも人間的な息遣いが感じられます。どの楽章も素晴らしいですが、特に第2楽章のしみじみとした味わいはロストロポービッチの独壇場の感があります。マイクがチェロをオンに録り過ぎる録音がやや気になりますが、小澤のサポートもチェロと互角に渡り合って息の合うところを見せます。第1楽章の第2主題など透明な美しさと叙情的側面において小澤の音楽性の良い面が出ていると思います。


○1985年12月ー2

チャイコフスキー:ロココ風の主題による変奏曲

ムスティラフ・ロストロポービッチ(チェロ独奏)
ボストン交響楽団
(ボストン、ボストン・シンフォニー・ホール)

ロストロポービッチのチェロが絶品です。その音色は豊かで暖かく、その素朴な歌いまわしのなかに彼の人間性がしみじみ表れていると思います。「ロシアの土の匂い」などという月並みな表現は使いたくないですが、この演奏にはやはり同じ民族の血を持つ者だけに表現できるようなものがあるように思われます。マイクがロストロポービッチのチェロをオンに録り過ぎていて、オケが引っ込み気味に聞こえるのは小澤にとっては損ですが、小澤はよく付けていると思います。


○1986年10月30日ライヴ

R.シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(東京、サントリー・ホール)

カラヤン病気によるキャンセルで、思いがけなく小澤とベルリン・フィルの日本での顔合わせが実現することになりました。そのせいか非常に力の入った演奏で・響きの洗練度ではいまひとつの感がなくもないですが、冒頭では小沢の呻き声が聴こえるほど気合いが入っていて・スケールが大きい・熱気のある仕上がりになりました。ベルリン・フィルのリズムが若干重めであることも・この演奏の重量感を高めているように感じられます。小沢の旋律の歌い廻しには独特の粘りがあり・全体の印象は濃厚な感じがしますが、音楽に流麗さが加わればさらに感銘は深くなるかなと思うところはあります。安永徹のソロは折り目正しいですが、若干硬さがあって・もう少し遊びが欲しいところです。


○1987年6月14日ライヴ

ラヴェル:優雅で感傷的なワルツ、ラ・ヴァルス

フランス国立管弦幻樂団
(ウィーン、ウィーン・コンツェルトハウス、ウィーン芸術週間)

小澤がフランスのオケを振ってのラヴェルなので期待をしましたが、少々期待外れの出来でした。全体的にリズムが重くて、旋律が粘ります。これがフランスのオケかと思うような、独特の粘りと云うか、ぬめりみたいなものがあります。或はこれが日本的ということでしょうか。まず第1曲「優雅で感傷的なワルツ」は、リズムが重めのために、ラヴェルの透明で精妙な抒情性が香り立たない印象です。第2曲「ラ・ヴァルス」では、テンポを動かしてかなり作為が目立ちます。ワルツではテンポを落としてねっとりと旋律を歌い、かと云ってウィーン風ということでもなく、かと思えば急にテンポを上げてオケを煽りに掛るとか、仕掛けがあざとい感じがします。光の煌めきと香気に欠けるのが、大いに不満です。しかし、終結部ではテンポを上げて聴衆の興奮を煽るので、終演後の拍手は結構盛大でありました。


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