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ミュンシュの録音


〇1955年5月2日

ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」

ボストン交響楽団
(ボストン、ボストン・シンフォニー・ホール、米RCAスタジオ録音)

ミュンシュの明晰な感性と造形力、ボストン響のヨーロッパ的な重厚な響きと相まって、引き締まった造形の見事な演奏です。力強いボストン響の弦が魅力的です。四つの楽章のテンポ設計も良くて、連関性が見事です第1楽章はやや早めのテンポを以て畳みかけて緊張感があって素晴らしいと思います。これを受けた第2楽章も弛緩せず、第3楽章はしっかりテンポを取って緊張を維持しながら第4楽章へ流れ込んでいきます。終盤の盛り上がりも熱気があって素晴らしく、この曲のスタンダードな名演としての価値は褪せません。


○1956年9月9日ライヴー1

R.シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」

ボストン交響楽団
(モスクワ、モスクワ音楽院大ホール)

冒頭から早いテンポで直線的に迫り、熱に浮かされたような粗っぽい印象も若干なくはないですが、ライヴならではの熱さを感じます。ボストン響は渋い響きがいかにもドイツ的で、抒情的な箇所の官能性はなかなかです。しかし、テンポの速い部分との緩急の差が大き過ぎで、まとまりという面では効果的ではなかったようです。


○1956年9月9日ライヴー2

デュカス:交響詩「魔法使いの弟子」

ボストン交響楽団
(モスクワ、モスクワ音楽院大ホール)

がっしりした構成と密度を感じさせて手堅い印象はありますが、もう少しユーモアと云うか遊び心が欲しい感じがします。そこにミュンシュの真面目な人柄が出ているということでしょう。オケは悪いはずがなく、騒動の場面においてはオケの重量感が迫力を見せています。


○1956年9月9日ライヴー3

ハイドン:交響曲第102番

ボストン交響楽団
(モスクワ、モスクワ音楽院大ホール)

大編成のハイドンの響きに時代を感じさせますが、確かにこの分厚い響きでは曲の持つ軽みが生きて来ない感じがします、というよりはハイドンの軽みを重量感の不足という風に欠点として捉え、これを大編成の厚い響きで補おうとしているかのようにも感じられます。がっちりし骨組みと構成感を強調した演奏ですが、今聴くとハイドンとは似て非なるものという感じがしなくもありません。第1楽章冒頭から低弦の効いた分厚く渋い響きで快速に飛ばしますが、リズム感が重く・旋律の歌い方が直線的です。第3楽章メヌエットも重々しく・舞曲になり切れず、重い身体を力を入れて動かしている印象です。結局、ハイドンの純器楽的な面白さを生かせていない演奏に思いますが、これはこの時代にはミュンシュに限らないことです。


○1956年9月9日ライヴー4

ラヴェル:「ダフニスとクロエ」第2組曲

ボストン交響楽団
(モスクワ、モスクワ音楽院大ホール)

線の強いラヴェルの音楽はミュンシュの体質によく似合っていると思います。特に「全員の踊り」はリズムが飛び散るようで・ダイナミックなオケの名人芸が素晴らしく、観客の興奮を煽りたてるようなミュンシュの手腕が光ります。「朝」もボストン響の渋い響きは、フランスのオケのような透明感はないけれども・それとも違って、淡い陽光を感じさせるようでとても美しいと思います。構成ががっちりして・三楽章構成の交響詩を聴くが如くです。


○1956年12月9日

ドビュッシー:交響詩「海」

ボストン交響楽団
(ボストン、ボストン・シンフォニー・ホール、米RCA・スタジオ録音)

ボストン響の響きはやや暗めの色調です。ミュンシュのドビュッシーはテンポが速めで・旋律線が明確で・造形がびしっと決まった密度の高い演奏ですが、若干ラヴェル的な感じです。ドビュッシーとしてはやや感触が硬めで、響きに柔らかさと微妙な香気が欲しいところです。


○1956年12月10日

イベール:交響組曲「寄港地」

ボストン交響楽団
(ボストン、ボストン・シンフォニー・ホール、米RCA・スタジオ録音)

冒頭から・如何にもラテン的な感性を感じさせ、地中海の陽光を感じさせるシャープな表現です。第2曲「チェニス〜ネフタ」ではけだるいオリエントな雰囲気を感じさせるオーボエ・ソロが見事です。第3曲「ヴァレンシア」はリズムの斬れが良く・スペイン情緒を満喫させます。


○1959年4月5日・6日

サン・サーンス:交響曲第3番「オルガン付」

ベルイ・ザムコヒアン(オルガン)
ボストン交響楽団
(ボストン、ボストン・シンフォニー・ホール、米RCA・スタジオ録音)

全体のテンポ速めで・造形がキリッと引き締まった演奏です。ボストン響はミュンシュの勢いあるドライヴによくついています。表現ベクトルが内側に向いて・凝集するようなイメージで、交響曲としてのがっちりした構成感を感じさせます。音楽に勢いと熱気が感じられます。しかし、この交響曲の場合は表現が外へ向けて開放されるようなイメージがあるので・ちょっと構成に気が行き過ぎのような感じもあるのも事実で、速い部分の表現が若干世話しなく・窮屈な感じもします。しかし、第1部の後半部分など・テンポを遅い場面においてはその旋律が流れるようで、澄み切った叙情が素晴らしいと思います。第2部終結部は表現に勢いがあって・ダイナミックに締めます。


○1960年5月4日ライヴ

ラヴェル:バレエ音楽「ダフニスとクロエ」第2組曲

ボストン交響楽団
(東京、日比谷公会堂)

ボストン響のドイツ的な響きで描いたラヴェルは油絵のような濃厚な味わいです。しかし、リズム処理がうまいので、決して重く感じることがないのは素晴らしいと思います。「夜明け」がラテン的な透明さにちょっと欠けるのは仕方ないですが、素晴らしいのはやはり「全員の踊り」でボストン響のダイナミックな動きは重量感もあり迫力があります。ミュンシュはここでかなり早いテンポを掛けているのですが、がっしりとしたフォルムを崩さず・熱気で締めています。


○1960年5月5日ライヴ−1

ベルリオーズ:幻想交響曲

ボストン交響楽団
(東京、日比谷公会堂)

残念なことに録音がこもり気味でその魅力を十分に判断できないところがありますが、ボストン響はドイツ的な暗めの響き、弦は引き締まって鋼のように強い音。旋律の歌い方もストレートで力強く感じます。早めのテンポですが・聴き手をあおるようなところはなく、むしろ曲全体の構成をしっかり見据えた印象がします。この革新的な交響曲のグロな面が薄れた感じなのも確かですが、この古典的な安定感は見事です。オケの音色のせいか、フランス的な色彩感よりはモノトーン的陰画のような印象があるのも面白いと思います。例えば第1楽章のスミスソンの主題や・第2楽章の舞踏会の主題もストレートに・ちょっとそっけないほど直線的に描いていくのです。醒めたなかに・幻想の虚しさを感じさせるのも面白いと思います。圧巻はやはり第4・5楽章でしょう。かなり早いテンポなのですが、リズムをしっかりと打ち込み・アンサンブルがまったく乱れません。ボストン響の重量感あるアンサンブルが見事です。


○1960年5月5日ライヴ−2

ヘンデル:組曲「水上の音楽」より2曲
@アンダンテ・エスプレッシーヴォ、Aアレグロ・デチーゾ

ボストン交響楽団
(東京、日比谷公会堂)

響きが重く・太く、大時代に見得をする感じはいかにも時代を感じさせます。まあ、しかし、当時はこれが当たり前のスタイルでした。アレグロ・デジーゼでは、ティンパニがオケを圧して大活躍。時代とは言え、ちょっと大仰なところがあるかも知れません。


○1960年5月5日ライヴー3

ルーセル:バレエ音楽「バッカスとアリアーヌ」

ボストン交響楽団
(東京、日比谷公会堂)

録音のせいもあるか、オケの響きが塊となって聴き手にぶつかってくるような力強さがあります。高弦が渋く暗めで線が硬質的で強めであるので、繊細なフランス音楽というイメージとは異なる感じであり、ドイツ的な処理のように思われます。リズム処理は立ち上がりの斬れが良く、その迫力に圧倒されます。ボストン響の機動力が発揮されて、とても面白く聴けました。


○1960年5月20日ライヴ

ドビュッシー:交響詩「海」

ボストン交響楽団
(横浜、神奈川県立音楽堂)

なかなかユニークなドビュッシーです。ボストン響の色調が渋く暗めで、線が太い印象であるので、ラヴェル的な処理にも聞こえますが、逆に散文詩的な印象が強いこの曲の、構成感と密度が強く意識されているようです。ボストン響の低弦は力があり、音楽に重量感を与えており、そうするとますますフランス音楽的な印象からは離れる感じはありましが、低弦の蠢きが暗い海の無気味が深みを見せているようで、それが面白くもあり、ユニークであると思います。


○1960年5月22日ライヴ−1

ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」

ボストン交響楽団(東京、日比谷公会堂)

名演。ミュンシュ/ボストン響でもっとも素晴らしいのはこのベートーヴェンかも知れません。早いテンポで一気に描き挙げたような勢いを感じさせる演奏です。四つの楽章の構成が緊密にとれていて、聴き終わってずっしりとした充実感があります。ボストン響の渋いいぶし銀のように輝く響きがベートーヴェンにふさわしいと思います。最近はあまりこういう例はありませんが、繰り返しをすべてカットしているのも曲全体の緊張感をいっそう高めているようにも感じられます。見事なのは第1楽章ですが、古典的で・一切の無駄を省いたシェープされた造形の建築物を想わせるようです。第2〜3楽章は抑えた表現ですが、これでこそつづく第4楽章が生きてくるのです。その第4楽章は輝かしい表現で、この曲の魅力を改めて実感させます。


○1960年5月22日ライヴ−2

メンデルスゾーン:劇付随音楽「夏の夜の夢」〜スケルツオ

ボストン交響楽団
(東京、日比谷公会堂)

当日のアンコール曲目。テンポを早めにとっていますが、ボストン響の暗めの音のせいもあるのか・ややタッチは太めの感じです。味付けを濃い目にせず・あっさり仕上げたところがスケルツオらしくて・なかなか良いと思います。


〇1963年3月17日ライヴー1

ラヴェル:バレエ音楽「ダフニスとクロエ」第2組曲

フィラデルフィア管弦楽団
(フィラデルフィア、アカデミー・オブ・ミュージック)

ミュンシュの線の明確な音楽の作り方が、ラヴェルの音楽によく合っていると思います。フィラデルフィア管の響きが柔らかく、夜明けは靄がかかったような淡い色彩が感じられてロマンティックな感触に聴こえるところが独特だと思います、全員の踊りは、オケのリズムに重量感があり、ミュンシュの巧みなリードでダイナミックに聴かせます。


〇1963年3月17日ライヴー2

ラヴェル:優雅で感傷的なワルツ

フィラデルフィア管弦楽団
(フィラデルフィア、アカデミー・オブ・ミュージック)

印象としては同日の「ダフニスとクロ亜」と同じで、線が太目に感じられること、またここではリズムが若干重めで重量感を感じさせるところが、このオケの個性であるかなと思います。


〇1963年3月24日ライヴ

ドビュシー:交響詩「海」

フィラデルフィア管弦楽団
(フィラデルフィア、アカデミー・オブ・ミュージック)

第1部「海の夜明けから真昼まで」の途中から急に線が太目になって、ラヴェル的な印象になって行きます。これはミュンシュと曲との相性にも拠るのでしょうが、だから良くないかと云えばと話は別で、聴きやすさと云うか、音楽の構造の見通しの良さはさすがだと思います。このことは第3部「風と海の対話」では特に強く出ており、重量感のあるオケのダイナミックな動きが、ミュンシュの棒の下より劇的に感じられます。


○1964年8月19日ライヴ-1

フォーレ:組曲「ペレアスとメリザンド」

フランス国立放送管弦楽団
(エディンバラ、アッシャー・ホール、エディンバラ音楽祭)

テンポは早めで・あまりムーディーに流れず・感触としては淡くて・若干ドライな感じもします。曲としては旋律線をぼかした・響きの移ろいに重きを置いた曲だと思えるので、線を強く引いた演奏は曲に必ずしもマッチしているように思えないところがあります。このなかでは第3曲「シシリエンヌ」は旋律を簡潔に取った美しい出来だと思います。


○1964年8月19日ライヴー2

ルーセル:交響曲第3番

フランス国立放送管弦楽団
(エディンバラ、アッシャー・ホール、エディンバラ音楽祭)

第1楽章冒頭からテンポの速い・急き立てるような鋭いリズム、弦の鋭角的な動きで鮮烈な印象を受けます。ミュンシュのこの巧みなリズム処理が聴きものです。時代の持つ切迫感・不安感がよく出ています。オケの反応が俊敏で・シャープで分離の良い響きがこの曲によく似合っています。四つの楽章が緊密に組み合わさっ・その構成感が見事です。


○1967年2月25日ライヴ

ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲

ニューヨーク・フィルハーモニー
(ニューヨーク、カーネギー・ホール)

ミュンシュとニューヨーク・フィルという珍しい組み合わせです。ここでのニューヨーク・フィルの響きは厚ぼったく、フランス音楽向きでない印象ですが、本曲ではさほど違和感ないのは、どこか甘くロマンティックな情感に仕上がっているからか。やや線が強めの感じもしますが、これはオケの個性に似合っているようです。ミュンシュもどちらかと云えばドビュッシーよりラヴェルの人だと思いますが、ここでは無難にまとめた印象です。


○1967年10月23日〜26日

ベルリオーズ:幻想交響曲

パリ管弦楽団
(パリ、EMI・スタジオ録音)

パリ管創立コンサートは67年14日に同曲の演奏により行なわれており、この録音はそれに先立って行なわれたものです。幻想交響曲は構成が複雑で・着想も奇抜な曲ですが、この演奏を聴くとずいぶん整理されてスッキリ聴こえるようです。この録音は名演の誉れ高いものですが、ちょっとスッキリし過ぎの感もあり・もう少しゴツゴツした感触の方が本来の味かなという気もします。透明感ある響きで・芝居ッ気をあまり感じさせず・古典的な佇まいを感じさせ、そこにベルリオーズを特異としたミュンシュの手馴れたところを感じさせます。特に前半2楽章は素晴らしく、叙情的な美しさがよく出ています。第4・5楽章はかなりテンポ速めなのですが・オケは整然として乱れをまったく見せず見事な出来です。


○1968年1月8日、12日

ブラームス:交響曲第1番

パリ管弦楽団
(パリ、EMI・スタジオ録音)

スケールの大きい・熱気のある演奏です。ミュンシュの棒の下でパリ管はなかなか分厚い響きを聞かせてくれます。ドイツ風に重いという感じではありませんが、ちょっと聞くとフランスのオケとは思えない響きです。特に全奏の時など荒々しい割れた響きで迫力満点です。旋律はゆったりと深く歌われますが、ロマン性が感じられる歌い廻しで・意外と粘る感じもあります。第2楽章は若干重い感じもしますが、濃厚なロマン性があります。テンポはそう大きく動かしていないようですが、第4楽章フィナーレなどの・大見得も凄いと思います。ただし、いささか暑苦しい感じがなきにしもあらずです。小技もなかなか巧くて、木管ソロの寂寥感、高弦の弱音でのニュアンスも豊かです。全体として外に向かって力を発散させる感じの・構えの大きいロマン的香りの高い名演になっていると思います。聴き物はやはり熱気のこもった両端楽章でしょう。


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