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ムラヴィンスキーの録音(1970年代)


○1971年11月30日ライヴ

ブラームス:交響曲第3番

レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
(モスクワ)

ムラヴィンスキーは、ブラームスの第3番の演奏は少なく、生涯で8回だけだそうですが、この演奏は素晴らしいものです。太目のタッチで堂々と一気に描き切った名演であると思います。テンポはややゆったりと取られ、旋律が息深く十分歌いこまれて、音楽がすみずみまで生きています。これはムラヴィンスキーのブラームスに共通した特徴ではないかと思いますが、弱音をあまり強調しないのでダイナミクスが大きくないおですが、逆に、音楽が流れのなかで持つ慣性と云うか、重量感がとても大きく感じられて、聴き応えがします。レニングラード・フィルの高弦の重厚で力強い響きが素晴らしく、強固な意志を感じさせる造形です。したがって両端楽章の出来が素晴らしいのは当然としても、ここでは中間楽章も情感深い演奏で、音楽が生きています。


○1972年1月27日ライヴ

ワーグナー:歌劇「タンホイザー」〜ヴェーヌスベルクの音楽

レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
(モスクワ、モスクワ音楽院大ホール)

テンポ早く・オケの動きはなかなかのもので・リズムが斬れてダイナミックですが、表情が直線的で硬く・感触がゴツゴツしており・官能性に乏しいと感じられます。特に高弦の歌い方が硬く、もう少ししなやかに歌ってもらいたい気fがします。官能の後の寂寥感もいまひとつで、音楽にドラマ性が感じられないようです。


○1972年1月29日ライヴー1

ベートーヴェン:交響曲第4番

レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
(モスクワ、モスクワ音楽院大ホール)

テンポ早めに旋律をキビキビと歌い上げます。甘みを殺して・一見したところぶっきらぼうな演奏にも感じられますが、それが意外に曲にマッチします。シャープな造形で・特に高弦が力強く、余計な思い入れを入れないので・すっきりとした印象であるだけに曲自体の甘みが感じられるという具合です。第2楽章などはその好例です。特に後半2楽章がオケのキビキビした動きで、表情が生き生きしており好演だと思います。73年4月レニングラードでのライヴと比較すると、後半に第5番が控えているせいか・多少表情が強めのようにも感じられます。


○1972年1月29日ライヴー2

ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」

レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
(モスクワ、モスクワ音楽院大ホール)

全体的に前プロの第4番と同じ行き方なのですが、この第5番ではうまく行っていない感じです。四つの楽章がどれも同じように聴こえて平板な印象です。テンポが同じような感じで、中間楽章に軽みが不足しているようです。第2・第3楽章ともにリズムの打ちが強く 、推進力を感じますが、第3楽章まで力を溜め込んで・第4楽章で爆発させる段取りになっていない感じがします。全体にテンポ早めでシャープで力強い造形で、・高弦と金管の力強さが印象的ですが、両端楽章は肌触りが粗い感じで・やや表面的でうるさい感じがします。ちょっと肩に力が入りすぎと言ったところでしょうか。


○1972年4月18日ライヴ

モーツアルト:交響曲第40番

レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
(レニングラード・フィルハーモニー・ホール)

造形の厳しいモーツアルトを想像していたら、意外や暖かい眼差しのモーツアルトでした。この交響曲はうまく聴かせてやろうとして強引に自分に引き寄せようとすれば失敗してしまうような難しい曲ですから、ムラヴィンスキーの朴訥にみえるほど 、曲に虚心に向き合った姿勢は 正解だと言えましょう。その結果、淡々として不器用にも見えながら、傷つきやすいモーツアルトのナイーヴな感性を包み込むいい演奏になりました。特に遅めのテンポを取った前半の2楽章の出来が非常にいいと思います。最終楽章もあまり早いテンポをとらずに・表情を引き締めて成功しています。


○1973年ライヴ

ブラームス:交響曲第4番

レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
(レニングラード・フィルハーモニー・ホール)

リズムを明確に取って、音楽の骨格がしっかりしており、ムラヴィンスキーのフォルムに対する厳格な姿勢が感じられます。オケは整然としていて、きりりと引き締まった造型が魅力的です。特に後半2楽章にそれが強く出ていますが、第3楽章はリズムが前に出過ぎて 、やや硬めの印象に感じられます。第4楽章のパッサカリアも形式感が前面に出て・ブラームスの場合はそれはそれで悪くはないのですが、形式のなかに盛り込まれた濃厚でアンニュイなロマン性を表現するまでには至っていないようです。もうすこしリズムに余裕を持たせる必要がありそうです。むしろ前半の2楽章がフォルムと情感がバランスがほどよく取れていて、ブラームスの良さが出ているように思います。


〇1973年4月28日ライヴ

ブラームス:交響曲第4番

レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
(レニングラード・フィルハーモニー・ホール)

ムラヴィンスキーはブラームスの交響曲ではこの第4番を好んでいたようで、4曲のなかでは第4番が抜群に演奏回数が多いそうです。得意中の得意と云うことで、演奏が悪いはずがないですが、ここでもレニングラード・フィルが、ドイツ的とでも評したくなるほど、低音が効いた重厚な響き。鋼鉄のように芯の強い弦のうねりが、強烈な印象を残します。ムラヴィンスキーのブラームスの特徴は、あまり弱音を強調せず、線の太い表現を目指しているということでしょうか。したがって表現のダイナミクスの幅はあまり大きくなくて、緊張感がなければ鈍重な印象になりかねないところですが、テンポをインに取ってフォルムへの配慮が十二分になされています。旋律を息深く歌っていることも、この演奏にスケール感を与えています。特に両端楽章の出来が見事で、正攻法で曲にぶつかって成功したという印象です。


○1973年4月29日ライヴ−1

ベートーヴェン:交響曲第4番

レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
(レニングラード・フィルハーモニー・ホール)

この曲はムラヴィンスキーには相性が良いようで、録音も多く遺されていますが、、 この演奏は残されている同曲の録音のなかでも特に素晴らしい出来だと思います。甘さを排した厳しい表現であることは共通していますが、リズムの斬れが素晴らしくテンポも軽やかで・表情にも冴えが見られて 素晴らしい出来です。レニングラード・フィルの力強い高弦が作り出すスッキリと引き締まった造型・斬れたリズムが素晴らしく、凛とした美しさがあります。特に前半2楽章が聴き物 です。第1楽章は自在なテンポ設定と生き生きした弦の表情が魅力的です。第2楽章はテンポ早めに歌い上げ て・ぶっきらぼうに無愛想な感じさえする厳しさのなかに、美しく澄んだ流れが感じられます。第3楽章もバランスが良いと思います。まさに気力充実という感じで・ムラヴィンスキーの個性が良く現われた演奏だと思います。


○1973年4月29日ライヴー2

チャイコフスキー:交響曲第5番

レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
(レニングラード・フィルハーモニー・ホール)

同日のベートーヴェンも素晴らしいですが、チャイコフスキーはさらに素晴らしい出来です。まさに音楽が血肉化して、やることなすことすべてが必然のようにさえ感じられます。とかく甘いといわれるチャイコフスキーの音楽にこれほど厳しく禁欲的な演奏が可能であることにただ感嘆させられるばかりです。全体のテンポは速めですが 、リズムは間一買うに刻まれており、レニングラード・フィルの高弦の旋律の力強さと・金管の炸裂する輝きがめくるめくような音楽の流れを作り出します。特に第2・3楽章が素晴らしい出来で、この交響曲の密度を飛躍的に高めています。第2楽章は速いテンポで無愛想に感じられるほどに厳しい表現です。第3楽章は普通ならばホッとさせるような安らぎの音楽なのですが、ここではそのまま緊張を引き継いだ厳しい表現です。両端楽章が素晴らしいのは言うまでもありません。オケは一糸の乱れも見せることなく、素晴らしい演奏を聴かせます。


○1973年5月26日ライヴ

ベートーヴェン:交響曲第4番

レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
(東京、東京文化会館)

第1楽章序奏のゆっくりしたテンポから第1主題に至って早めのテンポに入っていきます。その変化は大きいのですが作為的な感じはなく、自然です。表現の自在さをもちながら、古典交響曲としてのフォルムを保ったオーソドックスな表現だと思います。第2楽章は早めのテンポだが旋律の息を大きくとって、音楽の流れが滔々とした大きさを感じさせます。後半2楽章も適切なテンポ設定です。むしろあっさりした表現と言えそうですが、スケールの大きさが自然ににじみ出ています。


○1977年9月27日ー1

ワーグナー:楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲

レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
(東京、東京文化会館)

ドイツ的な重厚な響きだとゴシックの石造りの建物を思い浮かべたりしますが、ここでのレニングラード・フィルの響きは、がっちりした骨組みの建築物には違いないですが、近代的なコンクリート建築のような印象になるのは、テンポがやや速めで造形がシャープだからでしょうか。オペラティックな感じがしないのは仕方ないところですが、交響詩的な密度の高さがあると思います。


○1977年9月27日ー2

ブラームス:交響曲第2番

レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
(東京、東京文化会館)

ドイツ的な重厚な響きは期待すべくもないですが、ブラームスへのフォルムへの強い意識を感じさせます。録音のせいかも知れませんが、ホールの残響を多く録りいれたせいか・オケの輪郭が甘い感じで、レニングラード・フィルの弦の強靭さがやや弱く感じられます。テンポ設計はよく・そつなく無難な出来ですが、ロマンに浸れないもどかしさがあります。ムラヴィンスキーは曲に対して冷静に対しているようで、特に前半2楽章ではロマン的な情感に沈み込んでいくところがなく、音楽がやや表面的に流れる感じがします。第4楽章もどこか燃焼しきれないものを感じます。


○1977年10月19日ライヴ

チャイコフスキー:交響曲第5番

レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
(東京、NHKホール)

録音のせいかホールの響きがよく録られていて、オケの輪郭が若干ぼけた感じに聴こえます。ムラヴィンスキーの第5番というとストイックで厳しいイメージがありますが、録音のせいかレニングラード・フィルの弦の艶やかなニュアンスの方が強く意識されるようで、これは思いの外グラマラスで甘い演奏に思われました。特にそれが強く感じられるのは第1楽章で、テンポの伸縮が大きく、細かい箇所での弦の細やかなニュアンスを込めて歌っていることが印象に残ります。全体としては構成がしっかりして安心して聴ける演奏だと思いますが、ムラヴィンスキーとしてはやや大人しいノーマルな演奏というところか。


○1978年4月29日ライヴ

ブラームス:交響曲第2番

レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
(レニングラード・フィルハーモニー・ホール)

レニングラード・フィルの鋼鉄のように強靭な弦が強烈な印象を与えます。ドイツ風と評しても良いほど泥絵具のように暗めの重厚な響きなのですが、弦の旋律の歌わせ方にコシがあって独特に粘りがあります。それが霧がかかった湿り気を帯びたロマンティックな柔らかい印象を呼び起こすことはなく、石造りのがっしりしたゴチック調の建築物を見るような印象がします。多分、そこがロシア的なのかなと思います。しかし、これはブラームスの形式感覚に通じるものだと思います。特に見事なのは、第1楽章です。早めのテンポで音楽に力がみなぎっていて、躍動感があって、表現が凝縮されている印象です。ややテンポを落とした第2楽章、第3楽章も悪くありません。弱音をあまり使わず、全体としては線が太い表現を目指しているようですが、濃厚なロマン性を感じます。第4楽章もスケールの大きい出来ですが、こちらはもう少しテンポを速めた方が、第1楽章とバランスが取れて良かったかなと云う気がします。やや表現が大きくなった分、表現がおとなしくなってしまった感じがします。


○1978年6月ライヴ

チャイコフスキー:交響曲第5番

レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
(ウィーン、ムジーク・フェライン・ザール)

後年80年の演奏と比較してテンポ設定や基本的な解釈は変わらないが、表情やダイナミクスはこちらの方が大きいようです。特に第1楽章は80年の演奏ではメロディーを直線的に表現していますが、78年のムラヴィンスキーはもっと表情をつけて歌わせています。テンポは速めなのですが、そのために表現がロマンティックに大きく聞こえます。フォルティッシモにおける感情の感情はすさまじい限りです。この第1楽章は名演です。つづく第2楽章は、前半のテンポ設定を遅くとろうとして持ち切れず、次第に速いテンポに動いていきます。後半の出来はムラヴィンスキーらしいですが、第1楽章との関連において多少問題有りか。第3・第4楽章もスケールが大きく聞かせますが、全曲通すとどの楽章も同じような感じに聴こえて各楽章の関連が今ひとつ見えないようです。ライヴの面白みはあって、ファンにはこたえられないでしょうが、完成度では80年の演奏の方が優るか。


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