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ムラヴィンスキーの録音(1960年代)


○1960年ライヴ

シューベルト:交響曲第8番「未完成」

レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
(演奏場所不明・レニングラード?、モスクワ放送局のライヴ録音)

正確な演奏年代が不明ですが、ステレオ録音であり・60年代のものと思われます。オケの響きが豊穣で・表情の付け方や間の取り方に独特のところがあり、テンポも微妙に変化して、ムラヴィンスキー独特のロマンティックな表現が楽しめます。第1楽章第1主題はロマン的で劇的な印象ですが、第2主題は意外とあっさりしていて・この対照も面白いと思います。第2楽章はより濃厚なロマン性を感じさせる・スケールの大きい表現です。


○1960年2月26日ライヴ

ベルリオーズ:幻想交響曲

レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
(レニングラード、レニングラード・フィルハーモニー・ホール)

ムラヴィンスキーとしては珍しいレパートリーだと思いますが、快演というべきか・非常にユニークで面白い演奏です。全体は早めにインテンポで通しており、高弦の直線的で無駄のない旋律の歌いまわし、激しくかき回すようなオケの動き、リズムの斬れの良さ、フォルティッシモにおける爆発的かつ無機的な響きなど、シャープで新鮮な表現になっています。描写音楽という面に重きを置かず・純器楽的表現とも言えますが、この曲の虚無的な面が思い出される。例えば第1楽章の恋人の主題にしても美しく思い入れを込める感じではありません。第2楽章「舞踏会」もサラサラと流してロマン性から背を向けています。圧巻はやはり第4・第5楽章でしょう。この曲の奇怪な雰囲気を弦の激しいパッセージを見事に描き出します。レニングラード・フィルはムラヴィンスキーの隙のない棒に見事につけています。


○1960年9月14日、15日

チャイコフスキー:交響曲第4番

レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
(ロンドン、ウィンブリー・ファーム・ホール、DGスタジオ録音)

ムラヴィンスキー/レニングラード・フィルの最初の西欧演奏旅行中に録音されたスタジオ録音です。演奏はきわめてストイックで筋肉質的に引き締まった演奏で、一般的な甘いチャイコフスキーのイメージは微塵もありません。オケの音色はロシア的に暗めですが、その技量はきわめて優秀で、西欧の聴衆に衝撃的な驚きを与えたに違いありません。全曲は早めのテンポで一貫しており、各楽章の構成が緊密にとられており聴き応えがあります。随所にムラヴィンスキーの厳しい目が光り、激しいパッセージにおいても決して激情にかられることがありません。特に第1楽章はテンポを自在に操りながら・旋律を簡潔に無駄なく歌わせて、交響詩のような密度の高い表現になっています。


○1960年11月7日、9日

チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」

レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
(ウィーン、ムジークフェライン・ザール、DGスタジオ録音)

定評あるムラヴィンスキーのチャイコフスキーですが、第6番の交響曲は第4番・第5番ほどにはムラヴィンスキーの体質に合っているようには思えません。剛直なチャイコフスキーで・甘くセンチメンタルな部分がなく、むしろそっけないほどに荒削りな表現です。レニングラード・フィルの鋼のように強い弦の響きが印象的で、これが世間に与えた衝撃は十分に想像できます。第1楽章第1主題でも直線的にサラリとして・冷徹な眼を感じさせます。第4楽章もうめきあがく姿よりは・冷たく突き放すような感じを受けます。その一方で、第1楽章主部や第3楽章は荒れ狂うが如きに激しい表現ですが、これとても熱く乱れるという感じではありません。一糸乱れぬアンサンブルは見事で・感嘆せずにはいられませんが、曲に対する共感を感じ取りにくいようです。この曲のある一面を表現するものかも知れませんが、取りこぼしたものは多いのではないでしょうか。


○1960年11月9日、10日

チャイコフスキー:交響曲第5番

レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
(ウィーン、ムジークフェライン・ザール、DGスタジオ録音)

全体に早めに取った、ストイックと言ってもいいほどに甘さを排した表現です。構成のしっかりした密度の高い演奏で、終始冷静な態度を崩しません。爆発的と評したい全奏など極めて激しい反応を示しますが、決して熱くなっているのではなく・むしろ冷徹と言った感じです。チャイコフスキーによく言われる民族性など微塵も感じさせません。レニングラード・フィルの鋼鉄のように強靭な弦の響きと、これまた突き刺さるような金管の迫力には恐れ入ります。全体としては中間楽章を少し軽めにしたテンポ設計でしょう。第2楽章の早めのテンポのなかにも清楚な美しさが印象的です。


○1965年2月21日ライヴ

グリンカ:歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲

レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
(モスクワ、モスクワ音楽院大ホール)

凄まじい速度でオケを引きずりまわすような感じですが・対するオケはこれを受けて一糸乱れぬ演奏を展開するという演奏で、整然として・演奏後も息の乱れさえ感じさせないという驚嘆の演奏です。しかし、こういう通俗名曲にはもう少し素人っぽい興奮が必要なのではないかとは思いますが。


○1965年2月23日ライヴ

モーツアルト:交響曲第39番

レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
(モスクワ、モスクワ音楽院大ホール)

テンポを早めに取り・スリムで甘味を殺した直線的な造型が意外に曲にマッチします。響きも重くならず・神経質的なところも見られず、涼しく・爽やかな感じで・引き締まった造型がこの交響曲の古典的構造を明らかにしているようです。全体のバランスも良いと思います。第2楽章は早いテンポでサラリとした感触ですが・曲自体が十分甘いので・この演奏であると後味が良いのです。これが後半に良い形でつながっていきます。後半2楽章もテンポが軽やかで・重くならず良い出来です。


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