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メトロポリタン歌劇場 (2016年〜2020年)


○2018年1月27日ライヴ

プッチーニ:歌劇「トスカ」

ソニア・ヨンチェヴァ(トスカ)、ヴィットーリオ・グリゴーロ(カヴァラドッシ)、
ジェリコ・ルチッチ(スカルピア男爵)
エマニュエル・ヴィヨーム指揮
メトロポリタン歌劇場管弦楽団・合唱団
(ニューヨーク、メトロポリタン歌劇場管弦楽団、デイヴィッド・マクヴィカー演出、新演出)

新演出のマクヴィカー演出は、写実的かつ豪華でオーソドックスなMETらしい舞台装置です。ヨンチェヴァ、グリゴーロともに声質が素晴らしく、ドラマティックな歌唱で聴かせます。ルチッチ(スカルピア)も好演で、歌手陣の演技力には、感心させられます。これがないと「トスカ」は面白くなりません。指揮は当初予定のレヴァインからヴィヨームに変更されていますが、手堅く無難な指揮ではありますが、テンポはインテンポ気味でプッチーニの音楽のドラマ性を十分に引き出しているとは言えない感じがします。 全体に古典的な印象がするのは、そのせいかも知れません。


○2018年2月10日ライヴ

ドニゼッティ:歌劇「愛の妙薬」

イルデブランド・ダルカンジェロ(ドゥルカマーラ)、マシュー・ポレンザーニ(ネモリーノ)
プレティ・イェンデ(アデイーナ)、ダヴィデ・ルチアーノ(ベルコーネ)
ドミンゴ・インドヤーン指揮
メトロポリタン歌劇場管弦楽団・合唱団
(ニューヨーク、メトロポリタン歌劇場管弦楽団、バートレット・ショー演出)

歌手が粒揃いで、ド二ぜッティのオペラ・コミックの魅力を堪能させてくれます。まずイェンデ(アディーナ)の歌唱が声の輝きと云い、超絶技巧と云い、実に見事なものです。 小粋でチャーミングなドゥルカマーラです。対するポレンザーニ(ネモリーノ)は能天気な青年の性格をよく表した明るい歌唱で、これも見事なもの。 インチキ薬売りのダルカンジェロ(ドゥルカマーラ)は、その演技力が光ります。インドヤーンの指揮はドニゼッティの音楽のツボをよく押さえて、生き生きとした音楽を聴かせます。


○2018年2月24日ライヴ

プッチーニ:歌劇「ラ・ボエーム」

ソニア・ヨンチェヴァ(ミミ)、マイケル・ファビアーノ(ロドルフォ)、スザンナ・フィリップス(ムゼッタ)アレクセイ・ラヴロフ(ショナール)、ルーカス・ミーチャム(マルチェルロ)、マシュー・ローズ(コルリーネ)
マルコ・アルミリアート指揮
メトロポリタン歌劇場管弦楽団・合唱団
(ニューヨーク、メトロポリタン歌劇場、フランコ・ゼッフィレッリ演出)

ヨンチェヴァ(ミミ)とファビアーノ(ロドルフォ)は声の輝きは素晴らしく、歌唱も悪くはないですが、ヴェリズモにしては歌唱がやや大柄で、もう少しデリカシーが欲しいところがあります。 弱音を大事にしてもらいたい気がしますねえ。登場人物はみんな健康的な歌唱ですが、もちろん歌唱とすればどれも見事なものです。アルミリアートの伴奏も同じことが言えそうです。全体にインテンポの作りで、プッチーニの音楽の感情の綾の表出に多少の不満はないではないが、まあ一応のところは描けているということで、よく云えば無難なサポートです。ゼッフィレッリの演出はまったく古びるところがなく、METではこれは永遠の定番と云うか、これが他に取って代わることは恐らく今後もないでしょう。


○2018年3月10日ライヴ

ロッシーニ:歌劇「セミラーミデ」

アンジェラ・ミード(セミラーミデ)、イルダール・アブドラザコフ(アッスール)、ハヴィエル・カマレナ(イドレーナ)、エリザベス・ドゥショング(アルサーチェ)
マウリツィオ・ベニーニ指揮
メトロポリタン歌劇場管弦楽団・合唱団
(ニューヨーク、メトロポリタン歌劇場管弦楽団、ジョン・コプリー演出)

METと言えども滅多に上演されるオペラではないだけに、選り抜きの歌手を揃えて、万全を期した充実した舞台となりました。演出もオーソドックスなもので、安心して音楽が 楽しめます。特にミード(セミラーミデ)とドゥショング(アルサーチェ)は、声の輝きと目もくらむような超絶技巧の連続で、ロッシーニのオペラ・セリアの魅力を堪能させてくれます。他のキャストも強力で、アブドラザコフ(アッスール)も貫禄ある歌唱を聴かせてくれます。ベニーニ指揮は 、冒頭の序曲はやや大人しい感じでしたが、音楽が進むにつれて高揚して輝きを増してくるようで、最後は見事なフィナーレで締めました。


○2018年4月14日ライヴ

ヴェルディ:歌劇「ルイザ・ミラー」

ソニア・ヨンチェヴァ(ルイザ)、プラシード・ドミンゴ(ミラー)、ピョートル・ベチャワ(ロドルフォ)、ディミトリ・ベロセルスキー(ヴルム)、アレクサンダー・ヴィノグラドフ(ヴァルター伯爵)
ベルトラン・ド・ビリー指揮
メトロポリタン歌劇場管弦楽団・合唱団
(ニューヨーク、メトロポリタン歌劇場管弦楽団、エライジャ・モシンスキー演出)

METの総力をあげたプロダクションという感じで、実に見応え・聴き応えのするヴェルデイになりました。歌手陣は充実しており、ヨンチェヴァ(ルイザ)もベチャワ(ロドルフォ)も気合いが入っており、声の輝き・伸びも十分です。生きようとして、結果的に死へ突っ走る恋人たちの情熱を十二分に表現しています。これに対する悪役ふたり・ベロセルスキー(ヴルム)、ヴィノグラドフ(ヴァルター)も素晴らしい声を聴かせます。しかし、満場の拍手を集めたのはやはり大ベテランのドミンゴ(ミラー)で声質はやや明るめに思いますが、情感の表出は見事なものです。当初の指揮はレヴァインが予定されていましたが、代役のビリーも手堅い指揮で、要所を引き締めています。演出もオーソドックスなもので、安心して音楽に浸れます。


○2018年4月28日ライヴ

マスネ:歌劇「サンドリヨン」(シンデレラ)

ジョイス・ディドナート(サンドリヨン、リュセット)、アリス・クート(シャルマン王子)、キャスリーン・キム(妖精)、ステファニー・プライズ(ド・ラ・アルテイエール夫人)、ロラン・ナウリ(パンドルフ)
ベルトラン・ド・ビリー指揮
メトロポリタン歌劇場管弦楽団・合唱団
(ニューヨーク、メトロポリタン歌劇場管弦楽団、ロラン・ペリー演出、MET初演)

これはMET初演。ロラン・ペリーの演出・舞台はメルヒェン的に洒落ていて、振付も音楽の微妙な動きをよく読みこんでいて、感心させられます。特に第2幕舞踏会の場でのコミカルな振付は面白 く見ました。しかし、マスネの「サンドリヨン」は単なるメルヒェン・オペラではなく、第3幕を見れば根底に現実への不安と願望が渦巻いていることがよく分かります。主要キャストは粒揃いで、歌唱はどれも見事なものです。ディドナート(サンドリヨン)は容姿も美しいですが、クート(王子)との第3幕の二重唱はとても幻想的で美しく、聴き応えがありました。 ここにはワーグナーの「トリスタン」愛の夜の影響が明確に見られます。ナウリは気が弱いが、心根の優しい父親を好演。キムの妖精は小柄ですが、歌唱はキュートです。ビリーの指揮もツボを押さえた適格なものです。


○2018年10月6日ライヴ

ヴェルディ:歌劇「アイーダ」

アンナ・ネトレプコ(アイーダ)、アニタ・ラチヴェリシヴィリ(アムネリス)、アレクサンドル・アントネンコ(ラダメス)、クイン・ケルシー(アモナズロ)、ディミトリ・ベロセルスキー(ランフィス)
ニコラ・ルイゾッティ指揮
メトロポリタン歌劇場管弦楽団・合唱団
(ニューヨーク、メトロポリタン歌劇場管弦楽団、ソニア・フリゼル演出)

女声陣が素晴らしい出来です。ネトレプコのアイーダは声の輝きがあって貫禄のあるところを聴かせます。「勝ちて帰れ」・「おお我が故郷」も見事な説得力です。対するラチヴェリシヴィリのアムネリスも力強い歌唱で、第4幕では聴かせました。アントネンコのラダメスは第1幕の「清きアイーダ」は調子が悪くハラハラさせましたが、第3幕〜第4幕では調子を取り戻してアイーダ・アムネリスとのそれぞれの二重唱など良いところを聴かせました。 フリゼル演出はオーソドックスで、取り立てて特徴がないようですが、メットの壮大な舞台装置がなかなかの見ものです。


○2018年10月17日ライヴ

プッチーニ:歌劇「西部の娘」

エヴァ=マリア・ウェストブルック(ミニー)、ヨナス・カウフマン(ディック・ジョンソン)、ジェリコ・ルチッチ(ジャック・ランス)、カルロ・ポージ(ニック)、マシュー・ローズ(アシュビ)
マルコ・アルミリアート指揮
メトロポリタン歌劇場管弦楽団・合唱団
(ニューヨーク、メトロポリタン歌劇場管弦楽団、ジャンカルロ・デル・モナコ演出)

プッチーニの音楽語法がこれまでの「ボエーム」や「トスカ」とはまったく異なって不協和音や無調性など実験的な要素を取り入れてなかなか複雑で、旋律的にも若干親しみにくいところがありますが、ジャンカルロ・デル・モナコ演出の舞台が写実的で分かりやすく、音楽を映画的に解き明かしてくれて、曲の理解を助けてくれます。ウェストブルックのミニーは第2幕の小屋での恋人を守るために賭けに出る場面の歌唱・感情表出が力強く、ここではアルミリアート指揮 と相まってなかなか良い出来になりました。カウフマンのジョンソンも声が美しく聞かせます。ここではルチッチのランスも性格的な役をよく演じました。主役3人も視覚的にも音楽的にもぴったりはまっており、水準の高い上演となりました。


○2018年10月20日ライヴ

サン=サーンス:歌劇「サムソンとデリラ」

エリ―ナ・ガランチャ(デリラ)、ロベルト・アラーニャ(サムソン)、ロラン・ナウリ(大司祭)、ディミトリ・ベロセルスキー(ヘブライの長老)、イルヒン・アズィゾフ(ガザの太守アビメルク)
マーク・エルダー指揮
メトロポリタン歌劇場管弦楽団・合唱団
(ニューヨーク、メトロポリタン歌劇場管弦楽団、ダルコ・トレズ二ヤック演出、新演出)

タイトル・ロールの二人の歌唱が文句なしに素晴らしい。アラーニャは見た目は無敵無双の豪傑には見えないけれども、声が柔らかくで歌唱が繊細で、サムソンの ナイーヴな心の揺れを見事に演じました。インタビューで「デリラ、愛している」と叫ぶのは、同時に「神よ、助けてくれ」と叫んでいるのだと語っていましたが、まさにその通りだと思います。ガランチャのデリラも妖艶な美女デリラを見事に演じ、第2幕のアラーニャとの二重唱「あなたの声も私の心も開く」は圧巻の場面となりました。ナウリの大司祭など脇役陣も揃い、エルダーの指揮も手堅いところを見せました。新演出のトレズ二ヤックの舞台も現代風味を加えながらエキゾチックなところも見せて、楽しめました。


○2018年12月15日ライヴ

ヴェルディ:歌劇「椿姫」

ディアナ・ダムラウ(ヴィオレッタ・ヴァレリー)、ファン・ディエゴ・フローレス(アルフレート・ジェルモン)、クイン・ケルシー(ジョルジョ・ジェルモン)

ヤニック・ネゼ=セガン指揮
メトロポリタン歌劇場管弦楽団・合唱団
(ニューヨーク、メトロポリタン歌劇場管弦楽団、マイケル・メイヤー演出、新演出)

2019年シーズンより音楽監督に就任したネゼ=セガンによる新演出。メイヤーの演出は新奇なところがなくオーソドックスで、如何にも新派調悲劇という感じで、舞台装置も衣装も豪華、聴衆の好みをよく心得て安心して見られるもの。歌手も粒揃いでオケも水準が高く「椿姫」の上演として一定の成果を挙げています。ダムラウは容姿も美しく、演技が上手く、第2幕第一場のアルフレートから逃げ去る場面などは聞かせました。ただヴィオレッタの悲痛さの表現にもう少し冴えが欲しいところもあり、まだ綺麗に留まっている感じもします。ただ演出がそれを求めていないのかも。フローレスはややストレートな歌唱で情熱一筋の印象ですが、もう少しナイーヴなところがあっても良いかも。ケルシーの歌唱はやや声が明るめで、もうちょっと父親の慈愛があればと思うところがあります。ネゼ=セガンの指揮はツボをよく抑えた手堅い出来です。


○2019年1月12日ライヴ

チレア:歌劇「アドリアーナ・ルクヴルール」

アンナ・ネトレプコ(アドリアーナ・ルクヴルール)、ピョートル・ベチャワ(マウリツィオ)、アニータ・ラチヴェリシュヴィリ(ブイヨン公妃)、アンブロージョ・マエストリ(ミショネ)

ジャナンドレア・ノセダ指揮
メトロポリタン歌劇場管弦楽団・合唱団
(ニューヨーク、メトロポリタン歌劇場管弦楽団、デイヴィッド・マクヴィカー演出、新演出)

歌手が揃って期待通りの見事な出来となりました。まずネトレプコのアドリア―ナは容姿も素晴らしいが、歌唱も貫禄があって、かつ感情表現が素晴らしい。ラチヴェリシュヴィリのブイヨン公妃も声に力強さがあり 、アドリア―ナとのぶつかり合いは緊迫感があって聞かせます。ベチャワのマウリツィオ も声が澄んで力があります。マエストリのミショネの深い音色のバリトンも印象に残ります。ノセダの指揮も、歌手を上手に引き立てて、歌いやすいサポートぶりです。メットのオケは弦が素晴らしい出来。マクヴィカーの演出は、ヴェリズモの様式をよく生かした写実的で分かり易いもので、舞台装置も豪華でメットらしい出来です。


○2019年2月2日ライヴ

ビゼー:歌劇「カルメン」

クレモンティーヌ・マルゲーヌ(カルメン)、ロベルト・アラーニャ(ドン・ホセ)、アレクサンドラ・クルジャック(ミカエラ)、アレクサンダー・ヴィノグラドフ(エスカミーリョ)

ルイ・ラングレ指揮
メトロポリタン歌劇場管弦楽団・合唱団
(ニューヨーク、メトロポリタン歌劇場管弦楽団、リチャード・エア演出)

アラーニャのホセが、声の輝かしさ・柔らかさ共に圧倒的に素晴らしく、花の歌など繊細な歌唱で心に沁み入るように聴かせます。マルゲーヌのカルメンは声の張りがあって 決して悪くはない出来ですが、妖艶な魅力にはちょっと乏しいところがあるかも。クルジャックのミカエラとヴィノグラドフのエスカミーリョはまずまずの出来。ラングレの指揮はツボを抑えて、なかなか斬れの良いところを聴かせます。エア演出は回り舞台を活用して面白い変化を見せますが、装置が前に出過ぎて第1・第4幕がちょっと狭苦しい感じがしました。


○2019年3月2日ライヴ

ドニゼッティ:歌劇「連隊の娘」

プレティ・イェンデ(マリー)、ハヴィエル・カマリナ(トニオ)、マウリツィオ・ムラーノ(シュルピス)、ステファニー・プライズ(ベリケンフィールド侯爵夫人)、キャスリーン・ターナー(クラッケントルプ公爵夫人)

エンリケ・マッツォーラ指揮
メトロポリタン歌劇場管弦楽団・合唱団
(ニューヨーク、メトロポリタン歌劇場管弦楽団、ロラン・ペリー演出)

ペリーの軽妙な演出に乗って、イェンデやカマリナら出演者が生き生きと演技しており、肩が凝らない愉しい喜劇に仕上がりました。カマリナのトニオは声伸びが素晴らしく、最高音をよく響かせて 、能天気な面もあるご機嫌なところを聴かせました。イェンデも 軍隊育ちの娘の元気一杯なところを見せて、軽やかな歌唱が楽しめました。ムラーノ、プライズも芸達者なところを聴かせます。マッツォーラ指揮もツボをよく心得て おり、 リズムに活気があり、序曲もなかなか良い出来でした。METらしい高水準の舞台です。


○2019年3月30日ライヴ

ワーグナー:楽劇「ワルキューレ」

クリスティーン・ガーキー(ブリュンヒルデ)、エヴァ=マリア ヴェストブルック(ジークリンデ)、スチュアート・スケルトン(ジークムント)、グリア・グリムスリー(ヴォータン)、ギュンター・グロイスベック(フンディンク)

フィリップ・ジョルダン指揮
メトロポリタン歌劇場管弦楽団
(ニューヨーク、メトロポリタン歌劇場管弦楽団、ロベール・ルパージュ演出)

ガーキーのブリュンヒルデとグリムスリーのヴォ―タンは、共に声の深み・輝かしさスケールという点でいまひとつのところがあります。ワーグナーを聴いたと云う満足感にはちょっと及びませんが、繊細な表現においては長けたところを聴かせます。抒情的な歌唱と云うべきでしょうか。ガーキーは強さよりも女性的な優しさの方に傾いた感じ。グリムスリーは声が明るく軽めのせいか、ヴォ―タンの神性よりも人間的な苦悩の方に重点を置いた感じ。まあこれは解釈次第というところではあります。スケルトンももう少し若々しさが欲しいところです。ヴェストブルックは安定した歌唱。METデビューのジョルダンはテンポ小気味良く、引き締まった音楽を聴かせて、抒情的な側面から歌手をよくサポートしています。


○2019年5月11日ライヴ

プーランク:歌劇「カルメル会修道女の対話」

イザベル・レナード(ブランシュ)、カリタ・マッティラ(クロワシー修道院長)、エイドリアン・ピエチョンカ(リドワーヌ新修道院長)、カレン・カーギル(マリー修道女長)、エレン・モーリー(コンスタンス)

ヤニック・ネゼ=セガン指揮
メトロポリタン歌劇場管弦楽団・合唱団
(ニューヨーク、メトロポリタン歌劇場管弦楽団、ジョン・デクスター演出)

異色の宗教オペラですが、プーランクの透明感のある音楽と相まって、重苦しい・しかし決して未解決ではなくどこかに救いを感じさせる結末で、聴く者に深い感銘を与えます。まず印象に残るのは、死期が迫ったなかで苦痛と悟りの境で苦悶するクロワシー修道院長を見事に演じきったマッティラの演技です。レナードは美しい歌唱で、感受性が敏感すぎて傷つきやすいブランシュを見事に演じています。その他ピエチョンカ、カーギル、モーリーなど共演者も適役で、感銘の深い出来となりました。デクスターの演出は簡潔で分かりやすく、原曲の第2幕を前半後半で分割して、二部形式で上演したのも、舞台の雰囲気がガラリと変わって、曲の理解がしやすくなったと思います。ネゼ=セガン指揮も複雑なスコアから透明かつ繊細な響きを引き出して、最後の処刑のシーンでは感動的な盛り上がりを見せました。


〇2019年10月12日ライヴ

プッチーニ:歌劇「トゥーランドット」

クリスティン・ガーキー(トゥーランドット)、ユシフ・エイヴァゾフ(カラフ)、エレオノーラ・ブラット(リュー)、ジェイムズ・モリス(ティムール)

ヤニック・ネゼ=セガン指揮
メトロポリタン歌劇場管弦楽団・合唱団
(ニューヨーク、メトロポリタン歌劇場、フランコ・ゼッフィレッリ演出)

伝説的なゼッフィレッリの舞台は豪華絢爛で分かりやすく見事なものです。ネゼ=セガンの指揮は手堅いけれども、あまりテンポを大きく動かさず抒情性を大事にした音楽作りをしていることもあって、おとぎ話を見るような古典的な趣を呈しています。もちろんそれはそれでこのオペラのグランド・オペラ的な本質を表現していると思いますが、この曲の裏にある不安感・前衛性というものはやや遠のいた感じがします。主要キャストは協力で音楽的には申し分ありません。エイヴァゾフの歌唱は高音が伸びて力強く、ガーキーも冷酷な女性からカラフの愛に応える女性に変わっていくところをよく表現出来ています。ピン・ポン・パンの歌唱にもう少し軽妙さがあればなと思うところはありますが、この古典的な舞台ならばこれはそれなりにはまっていると云えそうです。


〇2019年10月26日ライヴ

マスネ:歌劇「マノン」

リセット・オロペーサ(マノン)、マイケル・ファビアーノ(騎士デ・グリュー)、アルトゥール・ルチンスキー(レスコー)、クワンチュル・ユン(デ・グリュー父)、ブレット・ポレガード(ブレティニ)

マウリツィオ・ベニーニ指揮
メトロポリタン歌劇場管弦楽団・合唱団
(ニューヨーク、メトロポリタン歌劇場、ロラン・ペリー演出)

主役の二人、オロペーサのマノン、ファビアーノのデ・リュー役歌唱も演技も役によく似合って素晴らしく、聞き応えのある舞台になりました。オロペーサは声が澄んで伸びやかな歌唱で聞かせます。華やかなキャラがマノンにぴったりです。ファビアーノはナイーヴな青年の感情の揺れをよく描き出して、これも好演です。ルチンスキーのレスコーも良い。周囲の歌手も充実していて演技も上手く、ペリーの演出がとても分かりやすくドラマがよく理解できます。ベニー二の指揮も勘所を押さえて聞かせて上手いものです。さずがメットだと思わせる充実した舞台でした。


〇2019年11月9日ライヴ

プッチーニ:歌劇「蝶々夫人」

ホイ・ヘー(蝶々さん)、ブルース・スレッジ(ピンカートン)、パウロ・ジョット(シャープレス)、エリザベス・ドゥショング(スズキ)

ピエール・ジョルジョ・モランディ指揮
メトロポリタン歌劇場管弦楽団・合唱団
(ニューヨーク、メトロポリタン歌劇場、アンソニー・ミンゲラ演出)

ミンゲラ演出は2006年が初演で・METでは定評のあるものですが、さすがに素晴らしい。蝶々さんの純粋な気持ちがよく表現されており、子供に文楽風人形を使った着想も面白い。歌手は粒が揃っていて安心して聴けますが、ジョットのシャープレス・ドゥショングのスズキの好演で、ドラマを分かりやすくしています。ヘーの蝶々さんも幕が進むにつれて歌唱に熱が入る感じです。スレッジはこれが初役だそうですが、一生懸命やっています。モランディ指揮もなかなか情感がこもって良い出来でした。


〇2020年2月1日ライヴ

ガーシュイン:歌劇「ポーギーとベス」

エリック・オーウェンズ(ポーギー)、エンジェル・ブルー(ベス)、ゴルダ・シュルツ(クララ)、フレデリック・バレンタイン(スポーティング・ライフ)、アルフレッド・ウォーカー(クラウン)、ラトニア・ムーア(セリナ)、デニース・グレイヴス(マライア)

デイヴィッド・ロバートソン指揮
メトロポリタン歌劇場管弦楽団・合唱団
(ニューヨーク、メトロポリタン歌劇場、ジェイムズ・ロビンソン演出、新演出)

METで30年ぶりの新演出だそうですが、このオペラはMETのレパートリーのなかでは異彩を放っていますが、アメリカのオペラハウスとしてこれはなくてはならぬ演目だということもよく分かります。ジェイムズ・ロビンソンの演出は出際が良く、ダイナミックな黒人たちの踊りなど見せ場もたっぷりあって楽しめました。ポーギーのオーウェンズのポーギーは貫禄たっぷりの歌唱、ブルーのべスも役が持つ心の弱さを良く表現しましたが、ここでは彼らを取り巻く周囲の役も見事で、バレンタインのスポーティング・ライフ、ムーアのセリナなど芸達者なところを見せます。ロバートソンの指揮は手際良いところを聴かせます。


〇2020年2月29日ライヴ

ヘンデル:歌劇「アグリッピーナ」

ジョイス・デイドナート(アグリッピーナ)、ケイト・リンジー(ネローネ)、イェスティン・デイヴィーズ(オットーネ)、ブレンダ・レイ(ポッペア)、マシュー・ローズ(クラウディオ)

ハリー・ビケット指揮
メトロポリタン歌劇場管弦楽団・合唱団
(ニューヨーク、メトロポリタン歌劇場、デイヴィッド・マクヴィカー演出、MET初演)

古代ローマからへ舞台を移し替えたマクヴィカー演出は分かりやすく、風姿喜劇としてのこのオペラの本質を明らかにしてくれます。それにしてもMETの歌手陣はみんな芸達者で、歌唱はもちろんですが、演技でも楽しませてくれます。歌唱はいずれも粒揃いで素晴らしいですが、デイドナートのアグリッピーナは超絶技巧の歌唱で聴かせる他、リンジーのネローネが歌唱でも演技面でも強烈な印象を残します。カウンターテナーのデイヴィーズのオットーネも見事。ビケットの指揮がヘンデルのひたすら美しい音楽を引き締めています。


 

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