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マゼールの録音(1990年ー1999年)


○1992年ライヴ

ラヴェル:ラ・ヴァルス

バイエルン放送交響楽団
(ミュンヘン)

とても濃厚でロマンティックな表現ですが、マゼールがなかなか仕掛けてきます。勘所でぐぐっとテンポを落とし、ねっとりと濃厚に媚態をしますように聴き手を煽ります。多少あざといところはありますが、マゼールの仕掛けに乗ると、その面白さは抜群です。オケは色彩的、特に高弦は響きが豊穣で素晴らしいと思います。マゼールの仕掛けを楽しんでいるかのように、表情が生き生きしています。


○1993年12月4日ライヴ−1

チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲

フランク・ペーター・ツィンマーマン(ヴァイオリン独奏)
バイエルン放送交響楽団
(ミュンヘン、プリンツ・レゲンテン劇場)

ツィンマーマンのヴァイオリンは、音の線がやや細いがテクニックは十分で、叙情性において優れています。マゼールの指揮はソリストの個性に合わせてテンポを早めにとって・音楽をすっきりと歌い上げる方向で、純音楽的な透明感のある演奏に仕上がっています。第2楽章は澄んだ美しさがあって・好感の持てる演奏ですが、第1楽章はスケール感において物足りない感じがなくもありません。


○1993年12月4日ライヴー2

ブラームス:交響曲第2番

バイエルン放送交響楽団
(ミュンヘン、プリンツ・レゲンテン劇場)

心持ちテンポを遅めにとって、じっくりと旋律を歌い上げています。オケの音色は低音を抑えた感じで・透明感があり、高音がすっきりと抜けて聞こえます。そのせいかドイツ風の重く湿ったロマンティシズムではなく、この曲の叙情的な側面に重点を置いた演奏と言えそうです。マゼールとバイエルン放送響の個性がうまくマッチして、リズムを鋭く明確に取り・なおかつ全体も骨格が太い形式感に対する配慮も十分な演奏に仕上がっています。特に第3・4楽章はスタイルが決まった見事な表現です。第4楽章のコーダはテンポをぐっと落として力感こめてスケール大きく締めます。聴衆はかなり反応しています。


○1995年2月6日〜8日−1

R.シュトラウス:交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」

バイエルン放送交響楽団
(ミュンヘン、ヘルクレス・ザール、BMGクラシックス・スタジオ録音)

バイエルン放送響の重心の低い響きで・濃厚に描き上げたシュトラウスは素晴らしい出来に仕上がりました。カラヤンスッキリと仕上がった演奏とはまた違った・グラマラスで肉付きの良い音楽なのです。現代のシュトラウスとして最高の出来栄えだと思います。オケの響きが暖かく、旋律が大事になされていて、響きのなかに旋律線が埋没することなく・くっきりと浮き上がっています。各場面の描き分けは確かで、マゼールの構成の巧さと語り口には感心させられます。特に「憧れについて」での豊穣で柔らかい響きは魅力的です。「舞踏の歌」でのヴァイオリン・ソロも情感たっぷりで聞かせます。


○1995年2月6日〜8日−2

R.シュトラウス:「薔薇の騎士」組曲

バイエルン放送交響楽団
(ミュンヘン、ヘルクレス・ザール、BMGクラシックス・スタジオ録音)

オペラを熟知したマゼールだけに各場面の描き分けは万全です。冒頭前奏曲から豪華で・官能的な雰囲気に満たされています。「銀の薔薇の献呈」での輝かしさ・ワルツの優美さと、このオペラのエッセンスを凝縮したアレンジだけにその美しさは素晴らしいと思います。濃厚な色彩感が魅力的です。


○1995年2月6日〜8日−3

R.シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」

バイエルン放送交響楽団
(ミュンヘン、ヘルクレス・ザール、BMGクラシックス・スタジオ録音)

バイエルン放送響の低重心の濃厚な響きが素晴らしく、ここでもマゼールの指揮が冴えています。特に疾走するような情熱の表現においてはオケのダイナミックな動きが見事です。一方、熱狂の後の寂寥感においても不足はないのですが、マゼールならばさらに深さを求めたい気もします。しかし、勢いに乗って・一気に描き切ったような密度の高い演奏に仕上がっています。


○1995年8月26日ライヴー1

シューベルト:交響曲第8番「未完成」

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭大劇場)

無駄な力を入れず、ゆったりと遅めのテンポで描きあげたオーソドックスな演奏である。ウィーン・フィルの柔らかい響きを生かして、こけおどしな所がまったくないな表現で、器の大きさが自然に立ち上がる印象です。第1楽章第2主題のゆったりとした歌い上げのなかに、懐かしい想いが湧き上がります。


○1995年8月26日ライヴ-2

マーラー:交響曲第5番

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭大劇場)

ウィーン・フィルのやや暗めでやわらかい音色を生かし、ゆったりとした遅めのテンポで描いたマーラーは、けばけばしい所がまったくなく、これぞまさにくウィーン・フィルのマーラーという感じがします。テンポが不必要に揺れることがないので 、全体に滔々とした大きな流れを感じさせるのです。フォルテの音の立ち上がりが鋭すぎないのもウィーン・フィルの特質ですが、全体の表現もどちらかと言えば穏当で・控えめな表現になっていると思います。よく耳にする神経の研ぎすまされたマーラーとは全く違う、晩年のワルターのマーラーにも通じるような・泰然たる構えの巨匠の芸なのです。特に興味を引かれたのは第3楽章です。遅いリズムのなかに・どこか懐かしいウィーンへの想いが屈折した形で浮かび上がってくるのです。第4楽章アダージェットもロマンの香り溢れる美しい流れになっています。これはとても印象に残る名演です。


○1995年6月1日ライヴ−1

チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲

ジュリアン・ラフリン(ヴァイオリン独奏)
ピッツバーグ交響楽団
(東京、東京芸術劇場)

ラフリンはリトアニア生まれの21歳の若手ヴァイオリニスト。響きが豊かで、旋律もしっとりとよく歌わせて好感が持てます。マゼールともども余計な手練手管を用いず、真正面から曲に対しているようで・曲それ自体の良さがそのまま表れているようです。どこか素朴かつ濃厚な味わいのする演奏です。特に第1楽章はスケール大きく聞かせます。ピッツバーグ響は落ち着いた色彩が渋く落ち着いたオケで、それがラフリンの作り出す音楽によく似合って・ソロを良く引き立てたサポートであると感心します。


○1995年6月1日ライヴ−2

チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」

ピッツバーグ交響楽団
(東京、東京芸術劇場)

ピッツバーグ響のしっとりした音色を生かした暖か味のある演奏です。第1楽章は好演です。テンポは基本的にはインテンポで、第1楽章第2主題などを聴くと過剰に入れ込むような表現を避けているような感じがしますが、不思議と冷たい感じがしないのはオケの暖かい音色と落ち着いた味わいの歌い回しのおかげでしょう。しかし、第2楽章はちょっとテンポが早すぎで、世話しない幹事がするのは残念。逆に第3楽章はマゼールならテンポ早くしてオケの機能全開と思いきや、テンポを遅く取って重厚に攻めてくるところが憎いところです。第4楽章も感情移入を抑えた表現です。


○1995年6月1日ライヴー3

チャイコフスキー:バレエ音楽「くるみ割り人形」〜花のワルツ

ピッツバーグ交響楽団
(東京、東京芸術劇場)

当日のアンコール曲目。マゼールはテンポを早めにとって・華麗なコンサートスタイルの演奏になっています。あまり目立ちませんが、微妙にテンポを変えてさりげなく表情に変化を与えるところが実に巧いと思います。ピッツバーグ響の柔らかい弦は魅力的です。


○1995年9月24日ライヴー1

シューベルト:交響曲第4番「悲劇的」

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)

全体的に早めのテンポながら、旋律はよく歌っており、音楽が生きています。ウィーン・フィルの柔らかい音色を生かしつつ、キリッと締まった表情を見せているのも魅力的だと思います。第1楽章序奏は重々しく始まりますが、展開部からはリズムを軽快に取り・恰幅の良い仕上がりになっています。大きめの編成のせいもありますが 、低重心の重厚な響きで、初期のシューベルトにしてはやや重い感じもしますが、その分、深みがあり、スケールが大きい仕上がりになっているかも知れません。第3楽章はやや音楽が大柄な感じがしますが、第2楽章アンダンテはその深みのある味わいが素敵です。


○1995年9月24日ライヴー2

R.シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)

ウィーン・フィルから重厚な低音を引き出し、アンサンブルの力量を十二分に発揮させたマゼールの統率力が光ります。テンポは全体的に遅めで、「英雄の伴侶」での柔らかく暖かい旋律、「英雄の引退」での安らぎのある深みのある味わいなど、その旋律のじっくりした歌い上げが魅力的です。一方で、「戦場の英雄」でのダイナミックなオケの動きとスケール感も申し分ありません。テンポがかなり遅めなのに緊張感が維持されて 、旋律がたっぷりと歌われているのが見事です。ライナー・キュッヘルのヴァイオリン独奏は折り目正しくて悪くありませんが、音色にもう少し色気が欲しい気がします。


○1995年9月24日ライヴー3

ストラヴィンスキー:バレエ組曲「火の鳥」

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)

何が起こったのか、゙ウィーン・フィルが如何にも自信なさそうに、そろそろ演奏しているのがちょっと驚きで、マゼールがかなりやりにくそうに感じられます。特にテンポが早いカスチェイの凶暴な踊りや、最終曲において、ウィンナホルンの音がはずれるのはまだしも、表現のもつれが見られて、音の立ち上がりが鋭いとは云ないこのオケの弱点が露わになった感があります。テンポが遅い部分でもリズムが重ったるく、唯一子守唄でウィーン・フィルらしい暖かさが聴かれるのが救いと云ったところ。


○1996年ライヴ

ラヴェル:スペイン狂詩曲

バイエルン放送交響楽団
(ミュンヘン、ガスタイク・ホール)

バイエルン放送響の個性として響きが重厚で、リズムが重めなのを逆手に取って、マゼールがラヴェルをどう描くかというところが興味あるところです。もちろんラテン的明晰さは望むべくもなく・祭りなどではリズムの重ったるいところは仕方ないところです。油絵の具で描いたような濃厚さを感じさせますが、特に前半の夜への前奏曲・マラゲーニャではちょっと暑苦しく・むせるような深い霧を感じさせ、これがアンニュイな雰囲気を醸しだすところが面白いと思いました。


○1996年6月7日・10日・11日ー1

ラヴェル:バレエ音楽「ダフニスとクロエ」第1組曲・第2組曲

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール、BMGクラシックス・スタジオ録音)

ラテン的で明晰なフランスのオケによるラヴェルとはひと味もふた味も違うラヴェルですが、これが実に魅力的です。ウィーン・フィルの柔らかい弦は決して重くならず・軽やかさを保ち、リズム感も冴えています。特に木管の響きが生き生きとして印象的です。全体の音色は明るくて、新古典主義的と言っても良いような雰囲気のあるラヴェルに仕上がっています。とりわけ第2組曲は数ある同曲の演奏のなかでも抜きん出た名演であると思いました。明るく柔らかい日差しのなかで輝くような「夜明け」は実に爽やかで美しいと思います。「全員の踊り」でのダイナミックなオケの躍動感も見事で、マゼールの棒が冴えています。


○1996年6月7日・10日・11日ー2

ラヴェル:スペイン狂詩曲

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール、BMGクラシックス・スタジオ録音)

前半の「夜の前奏曲」はその妖しげなムードが素晴らしく・「マラゲーニャ」もリズムが斬れていて・なかなかの仕上がりです。これが「祭り」になるとテンポが急に重くなって・旋律が粘り始めるのはどういうわけか。ここはマゼールの仕掛けにちょっと問題があるような気もしますが。


○1996年6月7日・10日・11日ー3

ラヴェル:ラ・ヴァルス

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール、BMGクラシックス・スタジオ録音)

まさにウィーン・フィルならではの「ラ・ヴァルス」と言うべきでしょうか。それにしてもマゼールの解釈はちょっとあざとい解釈のように思われます。ゆっくり遅めのテンポで曲が始まりますが、ワルツに入るとさらにテンポが落ちます。リタルダンドを掛けて旋律を粘るようにねっとりと甘く歌い上げます。この曲がウィーンの舞踏会へのオマージュとは言え、その思い入れが過剰に感じられます。ウィーン・フィルの弦は柔らかく美しいと思います。むしろ早めのテンポであっさりした味付けの方がウィーン・フィルには似合う気がしますが。策士策に落ちるという感じがいささかします。


○1996年6月7日・10日・11日ー4

ラヴェル:ボレロ

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール、BMGクラシックス・スタジオ録音)

予想外に早めのテンポで始まり、ダイナミックできびきびとした演奏です。特にウィーン・フィルの金管が大張り切りで実に威勢が良く、さらに浮き上がるように響く木管の扱いが印象的です。名前を伏せて聞かせたら誰もウィーン・フィルの演奏だとは思わないのではないでしょうか。しかし、最後の場面でググッとテンポを落とすのはちょっと理解ができません。ここは速めのテンポで最後まで押し切ってもらいたかったところです。


○1996年6月8日・9日ライヴ

モーツアルト:交響曲第41番「ジュピター」

バイエルン放送交響楽団
(ヴュルツブルク、カイザー・ザール、ヴュルツブルク・モーツアルト・フェスティヴァル)

ため息の出るほど素敵なモーツアルトです。最近のマゼールの円熟を実感せずにはおきません。テンポは全体として遅めでゆったりしています。スケールは大きいのですが、表現に無理な力が入っていなくて、響きが実にまろやかなのです。バイエルン放送響の弦が柔らかで美しく・歌心を感じさせて、聴き手を包み込みます。まるでワルターのモーツアルトを聴くような気分にさせられます。このようなロマンチックで・暖かなモーツアルトを聴くのは久しぶりで、心洗われるような気がします。両端楽章は音楽の風格が自然と滲み出てくるようです。第2楽章のゆったりとしたテンポでじっくりと旋律を歌い上げます。


○1996年6月13日・14日ライヴ−1

モーツアルト:交響曲第25番

バイエルン放送交響楽団
(ヴュルツブルク、カイザー・ザール、ヴュルツブルク・モーツアルト・フェスティヴァル)

テンポを心持ち遅めにとった演奏ですが、表情が実に自然で無理がありません。オケの自発性をよく生かした演奏で、このところのマゼールの円熟を実感させます。第1楽章など早いテンポで切り回したくなる所ですが、ここではじっくりと足取りを取って・そこに大きさと余裕が自然と生まれているという感じです。バイエルン放送響の渋みのある・柔らかい弦も魅力的です。


○1996年6月13日・14日ライヴー2

モーツアルト:ヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」

インゴルフ・トゥルバン(ヴァイオリン独奏)
バイエルン放送交響楽団
(ヴュルツブルク、カイザー・ザール、ヴュルツブルク・モーツアルト・フェスティヴァル)

トゥルバンは1964年ミュンヘン生まれのヴァイオリニストだそうですが、高音がやや金属音でキイキイ耳ざわりなのと、旋律の歌いまわしが硬く・音楽があまり軽やかでありません。テクニックはそこそこですが、どちらかと言えば現代曲向きの人でありましょうか。特に第1楽章は不満が残ります。しかし、マゼールの伴奏は見事です。テンポをゆったりとって・オケの自発性を生かし、強引なところがまったくない・伴奏のお手本のような表現です 。


○1996年8月18日ライヴ

ラヴェル:バレエ音楽「ダフニスとクロエ」

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭大劇場)

これはちょっと忘れ難い演奏に仕上がりました。ウィーン・フィルの響きは、フランスのオケのような透明で爽やかな風が吹きぬけるような感じではなく、淡い春の靄のかかったような・しかし暖かい響きです。ややリズムの立ち上がりが遅いのもこのオケの特徴ですが、しかし、こうしたラヴェルも実に魅力的ではないかと思います。聴き入るほどに・心がほのぼのとしてくるような・自然でのびのびした表現なのです。特にウィーン・フィルの弦は魅力的です。「朝」の・春の日差しを思わせるような暖かい表現、「全員の踊り」でのオケの重量感のある動きは見事です。マゼールの表現は実にオーソドックスで、巧みな棒さばきで感嘆させられます。


○1996年11月14日・15日−1

R.シュトラウス:交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」

バイエルン放送交響楽団
(ミュンヘン、バイエルン放送局スタジオ1、BMGクラシックス・スタジオ録音)

低重心のぶ厚い響きで・濃厚な色彩感があって、そのために若干軽味に欠ける感じがなくはないですが、マゼールの語り口が巧く・聴かせる演奏です。処刑の場面などダイナミックで・スケールが大きい表現です。


○1996年11月14日・15日−2

R.シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」

バイエルン放送交響楽団
(ミュンヘン、バイエルン放送局スタジオ1、BMGクラシックス・スタジオ録音)

オケのダイナミックな動き、濃厚な色彩感を満喫させる華麗な仕上がりです。オケのぶ厚く豊穣な響きのなかにも・主旋律をよく浮かびあがらせる辺りにマゼールの棒さばきの巧さが光ります。冒頭部「英雄」や「戦場の英雄」でのオケのダイナミックな動き、「英雄の伴侶」での愛の情景のロマンティシズムなど場面がしっかりと描き分けられています。R.シュトラウスの演奏として理想的な 演奏のひとつだと思います。


○1997年11月1日〜3日

ワーグナー:歌劇「タンホイザー」序曲とバッカナール
        歌劇「さまよえるオランダ人」序曲
        歌劇「ローエングリン」第1幕への前奏曲
         楽劇「神々の黄昏}〜ジークフリートの葬送行進曲
        楽劇「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死

ワルトラウト・マイヤー(メゾソプラノ・・イゾルデの愛の死のみ)ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール、BMGクラシックス・スタジオ録音)

録音のせいか、響きの色彩の混ぜ具合を重視した感じで、ややムーディに聴こえます。全奏でも響きが濁らず、威圧的に聴こえるところがありません。ベルリン・フィルの弦が艶やか・かつしなやかで、音楽の透明感と軽やかさが印象的です。 それは良い点には違いないけれど、色彩の混ざり具合は陶然とするほど美しいのですが、響きの芯に当たるものがやや弱い感じで、音楽が腹応えするに至らない感じがします。 以上のことから、一連の録音のなかでは、情緒的な要素が強い「ローエングリン」の第1幕への前奏曲の出来が抜群に素晴らしく、次いで「トリスタン」の前奏曲が素晴らしいと思います。ローエングリンの前奏曲はゆったりしたテンポで、響きの微妙な色合いの変化が天国的で夢のように美しいと思います。ここでベルリン・フィルが聴かせる弦のピアニッシモは、透明で煌めくように感じられます。一方、「さまよえるオランダ人」と「タンホイザー」の2曲に関しては、ワーグナー初期の素朴な力強さが不足しています。テンポがゆっくりしているのは良いとしても、響きが豊穣に過ぎて旋律線がぼやけて、旋律が持つ直截的な力が良く伝わってこないもどかしさがあります。これは録音のせいもあるかも知れませんが、もう少し明確なリズム感が欲しいところです。例えば「タンホイザー」での巡礼の合唱の旋律は響きが柔らかく美しいけれども、情緒的に過ぎてスケール感がいまひとつ。バッカナールも色彩が飛び散るようですが、聴き終わってあまり印象に残らないのはリズムの打ちが弱いせいだと思います。「オランダ人」も同様で、オペラティックな感興を覚えないのは、コンサート形式に徹したというころだけではなく、凝縮した表現がちょっと不足しているから起きるのではないかと思えます。こうした不満は「ジークフリート」の葬送行進曲ではさらに強くなります。フォルテが突き刺さるように響きかない。沈痛な思いが伝わって来ず、印象が淡いのです。テンポが早過ぎるのも困る。英雄の死をサラリと通り過ぎるような感じに聴こえます。90年代バイロイトの女王・ワルトラウト・マイヤーを起用しての「イゾルデ」の愛の死はこの録音の目玉だと思いますが、ほとんど声を張り上げるだけの一本調子で表現が大まか過ぎで感興を削ぎます。舞台ならこれで通用するかも知れないが、スタジオ録音では、もっと表現を細やかにリート的といってよいくらいにピアニシモを駆使してくれないと。これならば「愛の死」はオケだけで済ませた方が良かったでのではないか。前半の前奏曲が素晴らしかっただけに、これは残念 でした。


○1999年1月8日〜10日ライヴー1

ドビュッシー:バレエ「遊戯」

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール、BMGクラシックス・ライヴ録音)

ウィーン・フィルの響きは淡い色彩で・かつまろやかで、精妙にして・爽やかなドビュッシーです。フランスのオケの透明さ・明晰さとはまったく異なる、輪郭のぼやけた淡い色彩が実に魅力的です。印象派の絵画を眼前にするような感動があります。マゼールの指揮も自在感溢れています。各場面の表情を細やかに描き出し、そのタッチは細部までみずみずしく生き生きとしています。リズムが斬れていて・今まさに音楽が生まれ出た感じです。


○1999年1月8日〜10日ライヴー2

ドビュッシー:交響詩「海」

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール、BMGクラシックス・ライヴ録音)

「遊戯」に切れ目なく続く「海」も同様で、場面の展開が実に生き生きしてスリリングです。波の揺らぎ、光の煌きがそのまま音になったような錯覚さえ覚えます。淡く暗めの色彩のウィーン・フィルの響きの魅力を十二分に生かしきった名演だと思います。


○1999年1月14日・15日

ドビュッシー:夜想曲

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
アーノルト・シェーンベルク合唱団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール、BMGクラシックス・スタジオ録音)

「雲」はウィーン・フィルの響きの柔らかさを生かした名演です。ラヴェル的な線の強さを持つ「祭り」ではダイナミックなリズムの斬れはいまひとつですが、逆に言えば線のきつくないのがウィーン・フィルの魅力ということでしょう。「シレーヌ」はシェーンベルク合唱団の繊細な美しい響きと併せて・これも幻想的な雰囲気をよく出しています。


○1999年2月12日ライヴ

R・シュトラウス:「薔薇の騎士」組曲

バイエルン放送交響楽団
(ミュンヘン、ヘラクレス・ザール)

味付け濃厚な演奏です。オケの節回しのリタルダンドや微妙なアクセントと濃厚な色彩感はやはりミュンヘンのシュトラウスと言うことでしょう。ウィーン・フィルならもう少し淡く軽い味わいになるかと思います。オックスのワルツのリズムも若干重いかんじです。ただし、オペラのいいとこ取りの曲ですから・このくらい派手に見得した方がいいということでしょう。マゼールはオペラの人ですが、ここは目一杯オケを鳴らして 、あまり情景描写にはこだわっていないようです。


○1999年4月17日ライヴー1

メンデルスゾーン:序曲「フィンガルの洞窟」

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)

響きが柔らかで、淡く暖かい太陽の光が差し込んでくるような感じがします。ベルリン・フィルの厚めの響きは透明感に欠けるせいか、油絵的な印象になるのが、面白いところです。マゼールの語り口がさすがに上手く、刻々と変化していく風景の変化を克明に描き出しています。充実した演奏だと思います。


○1999年4月17日ライヴー2

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番

ラドゥ・ルプー(ピアノ独奏)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)

ルプーのピアノは響きが柔らかく、抒情性が際立った演奏です。派手さは抑えられた感じで、地味にさえ感じる箇所もありますが、じっくりと音楽を聴かせます。マゼールの伴奏もその線で行ったようで、ベルリン・フィルのぶ厚い響きでピアノを包み込むような感じがします。ピアノとオケががっぷり四つに組むという感じではなく、両者が一体になって溶け込むような感じと云えるでしょうか。しかがって古典的というよりも、ロマン的な印象が強くなります。第1楽章はリズムが鋭角的になりやすいところを抑えて、重厚な手堅い出来。第3楽章もリズムの刻みを前面に出さずに、足を地にしっかりつけた印象です。


○1999年4月17日ライヴー3

ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)

近年のマゼールの円熟をまざまざと実感させる名演です。ケレン味のない、手練手管を弄せず、正攻法で作品に対しています。心持地ち遅めのテンポで構えの大きいこと、ベルリン・フィルの深みのある重厚の響き、リズムが息深く刻まれて旋律がゆったりと歌われていることなど、久しぶりに聴くベートーヴェンらしいベートーヴェンという感じがします。第1楽章や第3楽章などリズムの刻みが前面に出る場面でも逸らず、実に大人の芸なのです。だから第2楽章葬送行進曲がとりわけ深く感動的です。ゆったりとしたテンポのなかに深い悲しみと祈りが聴こえます。第4楽章もスケールが大きく、懐の深い演奏に仕上がっています。


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