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ハンス・クナーッパーツブッシュ


○1950年1月29日ライヴ

シューベルト:交響曲第8番「未完成」

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ティタニア・パラスト)

ベルリン・フィルの響きは渋くくるんだ色合いで、低音がよく効いているので・がっしりした構成感がある安定した演奏になっています。第1楽章のテンポはむしろ速めに感じられ、古典的でスッキリとした感じさえあります。とは言え第2主題に入る直前では長い思い入れを入れるなど独特な表現もあり、終結部においてもグッと見得を決めるところもクナパーツブッシュらしいところです。第2楽章も速めのテンポで・あっさりした解釈です。クライマックスに向けて畳かけていくような感じがあり・どこかブルックナー的な印象が感じられます。


○1950年2月2日ライヴー1

ニコライ:喜歌劇「ウィンザーの陽気な女房たち」序曲

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ティタニア・パラスト)

ベルリン・フィルの響きは渋くて・テンポが遅い腰の重い表現ですが、ここでのクナッパーツブッシュはあまり思い入れを入れるような個性的な表現をせず・その点ではまっとうな表現です。しかし、後半部での盛り上がりと荒々しさはやはりライヴならではの面白さです。


○1950年2月2日ライヴー2

J.シュトラウスU世:喜歌劇「こうもり」序曲

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ティタニア・パラスト)

ベルリン・フィルの重量感のある響きに・クナッパーツブッシュの個性が加わって・構えの大きい演奏になっています。ワルツに入る部分でおおきな休止を取って・象がゆっくりと踊るようなワルツを展開する辺りはクナッパーツブッシュの真骨頂です。ウィーン情緒などはもちろん眼中にはなく、テンポを自由というより・気儘に動かした濃厚な味わいです。クナッパーツブッシュの個性がよく出た演奏です。


○1950年2月2日ライヴー3

J.シュトラウスU世:ピチカート・ポルカ

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ティタニア・パラスト)

前半はあっさりとして普通ですが、中間部でぐっとテンポを落として・おっと驚くクナッパーツブッシュの大見得が聞けます。


○1950年2月2日ライヴー4

コムツァック:ワルツ「バーデン娘」

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ティタニア・パラスト)

クナパーツブッシュの怪演と言うべき。ぐっとテンポを落として決める大見得が実に面白く、ワルツはテンポは遅くじっくりと粘る・テンポを勝手気儘に動かして・思わず笑い出したくなる自在の表現。まさにやりたい放題の演奏は今時では聴けないものです。


○1950年2月2日ライヴー5

ボルドマン:踊り

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ティタニア・パラスト)

旋律をゆったりと息長く歌わせて、ここでのクナッパーツブッシュは意外なほど正面から曲に対しており、あまり自分の色を出していないように思われます。


○1950年2月2日ライヴー6

チャイコフスキー:バレエ組曲「くるみ割り人形」

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ティタニア・パラスト)

全体としてあっさりと素直な演奏で、好ましい出来です。当時のベルリン・フィルの響きは渋くて・チャイコフスキーにしては腰が重い感じもありますが、行進曲やトレパークでは力強い響きが楽しめます。また花のワルツではちょっと重めのワルツのリズムにも朴訥な感じがあって・クナパーーツブッシュの人柄が感じられます。


○1950年2月2日ライヴー7

ハイドン:交響曲第94番「驚愕」

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ティタニア・パラスト)

現代の我々の耳にはいささか厚ぼったり・時代がかった大仰なハイドンで、第3楽章メヌエットなどリズムが重くて・いかにもスタイルの古さを感じさせます。しかし、ここでのクナッパーツブッシュはあまり仕掛けはせず・むしろ淡々と曲に向き合っているようで、テンポはあまり動かしていません。リズムは重めですが、古典的なアプローチに思えます。ベルリン・フィルは低音が効いていて・どっしりと重厚な趣があり、時にフォルテが威圧的な感じもあり・ベートーヴェン的にも感じます。


○1951年8月4日ライヴ

ワーグナー:楽劇「神々の黄昏」

アストリッド・ヴァルナイ(ブリュンヒルデ)、ベルント・アルデンホフ(ジークフリート)
ヘルマン・ウーデ(グンター)、ハインリッヒ・プランツェル(アルベリッヒ)
ルートヴィッヒ・ウェーバー(ハーゲン)
バイロイト祝祭劇場管弦楽団・合唱団
(バイロイト、バイロイト祝祭劇場)

まず録音のことですが、歌唱の明瞭さに対してオケの響きのバランスが抑え込まれて輪郭が多少ぼけた感じがするところが、バイロイト祝祭劇場の雰囲気をよく捉えていると感じます。オケが大音量を出しても歌手の声が掻き消さ れることなく、感情がストレートに伝わってきます。ヴァルナイのブリュンヒルデは声の輝きが素晴らしく、フィナーレの自己犠牲の場面は感動的です。クナッパーツブッシュはテンポをしっかり取って、芝居っ気を出さず、無駄な力を響きに与えません。オケの響きは渋く太い印象がまさにワーグナーで、音楽の幹が太く実に安定感があります。ジークフリートの葬送行進曲も手堅い出来です。


○1952年1月29日ライヴ

ベートーヴェン:交響曲第8番

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ティタニア・パラスト)

全体にテンポは遅めで、ベルリン・フィルの重厚な響きで・構えの大きい・どっしりとしたベートーヴェンに仕上がりました。リズムの重い刻みが前面に出ていて・むしろ奇数番的なアプローチにも感じますが、安定感のある演奏で聞き応えがあります。第4楽章は遅めのテンポで始まりますが、テンポを動かしながらクライマックスに向かっていく辺りにライヴ的な面白さがあります。


○1957年6月−1

ブラームス:大学祝典序曲

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール、英デッカ・スタジオ録音)

テンポの揺れが少なく・律儀にリズムを刻んでおり・フォルムへの意識が強く、そのせいか朴訥なブラームスという印象でなかなか味わい深い演奏になっています。飾り気のないクナッパーツブッシュの人柄を感じさせます。


○1957年6月−2

ブラームス:悲劇的序曲

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール、英デッカ・スタジオ録音)

同日録音の大学祝典序曲よりも表現に熱さがある感じで、速めのテンポで引き締まった造型で見事な出来に仕上がりました。ウィーン・フィルの力強い高弦が魅力的です。


○1957年7月

ワーグナー:楽劇「ワルキューレ」第1幕

キルステン・フラグスタート(ジークリンデ)、セット・スヴァンホルム(ジークムント)
アルノルト・ファン・ミル(フンディンク)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ソフィエン・ザール、英デッカ・スタジオ録音)

クナッパーツブッシュの定評あるワーグナーですが、音楽の本質を大きく掴んで・細かいところにあまり頓着せずにゆったり進めるところに特徴があり、スケールが大きい演奏に仕上がっています。反面、細やかなニュアンスに乏しいのは仕方ないところで、時にもう少しテンポを揺らしたりする仕掛けが欲しいと思うところもなくもないが、そこをテンポ変えずに淡々と進めるところがクナッパーツブッシュだと思います。ジークリンデのフラグスタートは素晴らしいですが、ジークムントのスヴァンホルムは歌唱のスタイルにやや古さを感じます。


○1958年6月3日〜6日

ワーグナー:楽劇「神々の黄昏」〜夜明けとジークフリートのラインへの旅、ジークフリートの葬送行進曲

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ソフィエン・ザール、英デッカ・スタジオ録音)

これは名演。ウィーン・フィルの弦の力強さ、金管の輝かしさは云うまでもないですが、旋律が息深く歌われて、音楽が次々と繰り出す場面の展開が実にスリリングなのです。スケールの大きさが破格で、ワーグナー指揮者としてのクナッパーツブッシュの凄さが実感できます。夜明けでの沈滞する想念の深さ、ジークフリートのラインへの旅での豪放、葬送行進曲での沈痛な悲劇性など、ワーグナーであるからオペラティックと云うよりもドラマティックであると云うべきでしょうが、申し分ない出来であると思います。


○1958年6月9日〜11日

ワーグナー:楽劇「ワルキューレ」〜ヴォ―タンの別れと魔の炎の音楽

ジョージ・ロンドン(バス)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ソフィエン・ザール、英デッカ・スタジオ録音)

これも名演。ウィーン・フィルの弦の力強さ、金管の輝かしさが素晴らしく、クナッパーツブッシュのワーグナー指揮者としての力量がまざまざと実感できます。場面の変化が万華鏡のようにめくるめく感覚です。これだけの音楽のスケールの大きさならば、これを舞台上で視覚化することはほぼ不可能で、いっそ音楽だけで聴いた方がいいとさえ思えるくらい。旋律を息深くじっくり歌い込んで、そこでグッと溜め込んだ息を一気に開放する、その間の取り方が絶妙で、スケールの大きさが破格というべきなのです。さらにクナッパーツブッシュが作る間に乗ったロンドンの歌唱が豪放なスケールで、これがまた素晴らしい。


○1959年9月22日〜25日

ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」〜前奏曲と愛の死

ビルギット・ニルソン(ソプラノ))
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ソフィエン・ザール、英デッカ・スタジオ録音)

名演ですが、これはクナッパツブッシュの作品解釈から来ると思われますが、ウィーン・フィルの響きや息のアプローチが、前年の「リング」録音とは微妙に異なるように思われます。良い悪いではなく、この「トリスタン」の方が響きが透明で内へ志向する室内楽的なアプローチです。前奏曲は澄んだ流れが印象的で、音楽が高揚するにつれてテンポが次第に早くなっていきます。しかし、響きは澄んでいて、官能的なうねりを意識して排除しているように思われます。このことは愛の死になるとよりはっきりしていて、ニルソンの歌唱(声の輝きはもちろん素晴らしいものです)も含めてここではオペラティックというよりも、むしろ室内楽的・リート的に、ひたすら内に向かう印象を受けます。ここでのイゾルデは想念はもはや時間的な軸を失っているということでありましょうか。したがってこの演奏で受ける印象はそのスケールの大きさと云うことではなく、むしろ清冽な想念の流れなのです。


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