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カラヤンの録音(1985年7月〜12月)


○1985年8月15日ライヴー1

チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲

アンネ・ゾフィー・ムター(Vn)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ザルツブルク祝祭大劇場)

第1楽章はチャイコフスキーの甘い旋律をあまりセンチメンタルに歌わないで、早いテンポで知的な抑制を効かせたスッキリした表現であるのが好ましいと思います。ムターのヴァイオリンはしっとりと女性らしい繊細さを持っていて素晴らしいと思います。カデンツァの表現などやや小振りかも知れませんが美しい表現です。もちろんこれをサポートするカラヤンの抑えた表現がその美しさを生かしているのです。オーケストラを鳴らしっ放しにせずむしろ全体に小柄に抑えた感じですが、細部の表現にまで目の行き届いた・独奏者の個性を生かしたサポートのお手本のような演奏だと思います。

全曲通して素晴らしい演奏ですが、特筆すべきは第2楽章かも知れません。遅めのテンポでじっくりと落ち着いた歌い上げて実に深みのある表現で、ここにムターの音楽性が良く現れていると思います。実際、両端楽章は誰の演奏でもそれなりに聴けるのですが、第2楽章がこれだけいい演奏も滅多にないと思います。


○1985年8月15日ライヴー2

チャイコフスキー:交響曲第4番

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ザルツブルク祝祭大劇場)

ベルリン・フィルとの録音(70年代)に感じられたオケを理性的にコントロールしようとする傾向がカラヤンにはありましたが、従来より情感描写に踏み込んでそのためにフォルムが若干緩むことも許容するような感じが見えます。ウィーン・フィルの場合は、ベルリン・フィルほどには棒に対する反応がシャープではなくてマイルドに出る感じがありますが、しかし、演奏のダイナミクスは非常に大きいものになっています。消爆発するようなフォルティッシモ、金管とティンパニの炸裂はやや 粗い感じを受けるほどにすさまじい印象を与えます。その一方で消え入るようなピアニッシモ、ウィーン・フィルの弦の優美で滑らかなこと。その意味で両端楽章は、その表現の振幅が実に大きくて素晴らしいと思います。

その一方で第2楽章はテンポがちょっと遅くて、カラヤンらしい味わい深い表現なのですがオケが緊張をちょっと保ち切れていない感じです。第3楽章のピチカートは音が小さく繊細を極めた表現ですが、この交響曲の転換点としてはやや主張が弱い感じがします。その意味ではカラヤンにしては 珍しく全体の構成感に若干の弱さがあるようです。


○1985年8月28日ライヴー1

ドビュッシー:交響詩「海」

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ザルツブルク祝祭大劇場)

ベルリン・フィルの響きはやや暗めで重く、やはりこういう曲を聴くとベルリン・フィルはドイツのオケだなと思いますが、だから良くないということではなくて、何とも言えない魅力を湛えたドビュッシーなのです。ベルリン・フィルの弦の響きは繊細そのもので、独特の香気を持ち、例えば主旋律を浮かび上がらせて、旋律を担う楽器が入れ替わるたびに光が明滅するように絡み合うさまは、カラヤン/ベルリン・フィルでなければ味わえない美しさです。


○1985年8月28日ライヴー2

ラヴェル:ボレロ

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ザルツブルク祝祭大劇場)

ベルリン・フィルの響きはやや暗めで・リズムは重めなので、透明感や軽味には乏しいのは当然ですが、全奏における重量感と整然とした足並みには、さすがベルリン・フィルとうならせる威力があります。ソロ楽器の音色のからみあいと、リズムの正確さは、ベルリン・フィルならではです。


○1985年8月28日ライヴー3

ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ザルツブルク祝祭大劇場)

ベルリン・フィルの弦の響きが柔らかく暖かく、実にロマンティックで美しい演奏です。その響きに乗って・フルートソロがこれまた明滅するように美しく・けだるいムードを醸しだしています。ラテン的な明晰さを持つドビュッシーとは違いますが、まったく別のドビュッシーの魅力があります。まさにカラヤン美学というべきで、甘ったる過ぎるという批判も出てきそうですが・これほどの美しさにケチをつけるのは野暮というもの。


○1985年10月18日ライヴ

ベルリオーズ:幻想交響曲

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(シュトゥットガルト、リーダー・ハレ)

録音のせいもあると思いますが、第4〜5楽章のベルリン・フィルの低弦の効いた重量感と凄みが凄まじく・カラヤンにしてはいささか熱くなった感じもあって・なかなか面白く聴きました。前半はむしろオケを抑えたような感じさえありますが、後半でオケの蓄えた力を一気に解放したかのように・気合いが入った出来です。前半第1〜2楽章はスッキリとした落ち着いた味わいが好ましいと思います。カラヤンの良さは第1楽章のスミスソンの主題や、第2楽章ワルツの狂おしい情熱を描く時の旋律の息の深い歌いまわしによく出ています。


○1985年11月23日ライヴ

ブルックナー:交響曲第9番

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)

カラヤンのブルックナーは足取りに気品があり、厳密にインテンポではなく・実は微妙にテンポを伸縮させているのですが、それを聴き手に感じさせないのです。そこがカラヤンのブルックナーの巧さでしょう。この足取りからブルックナーの音楽の自然な表情とスケールの大きさを引き出しているのです。さらにカラヤンのブルックナーの魅力はふっとした表情に表れる響きの色合いの変化です。特に第1楽章と第3楽章にそれがよく出ています。第2楽章はごくわずかですが・バランス的にテンポがちょっとはやめに感じられますが、リズムの刻みを明確に取った活気のある表現です。ベルリン・フィルの響きは透明で、スッキリと流れの良い演奏です。


○1985年12月

ラヴェル:ボレロ

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール、独グラモフォン・スタジオ録音)

改めて感心するのはリズムをしっかりと打ち込んで・音楽の安定感が抜群なことで、オケがクレッシェンドしていくごとに増していく重量感が聴き手にはっきりと伝わってきて、音楽がとてもドラマティックに感じられます。何も仕掛けらしいことはしていないのに・当たり前のことを当たり前にこなすところに、かえってカラヤン/ベルリン・フィルの凄さを感じさせられます。


○1985年12月2日・4日−1

ベートーヴェン:エグモント序曲

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール、独グラモフォン・スタジオ録音)

60年代の密度の高い凝縮された表現とは趣が変化して、ベルリン・フィルの響きに透明さが増し・軽味が増してきた印象です。表現ベクトルの方向性が内に向く感じから、外へ開放される方向へ変化しているのでしょう。リズムは斬れており、表現はしなやかで推進力があります。


○1985年12月2日・4日−2

ベートーヴェン:コリオラン序曲

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール、独グラモフォン・スタジオ録音)

同日のエグモント序曲の録音と同じことが言えます。コリオランにおいては、叙情味のある哀しみの表現が素晴らしいと思います。


○1985年12月31日ライヴー1

ウェーバー:歌劇「魔弾の射手」序曲

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン・フィルハーモニー・ホール、ジルベスター・コンサート)

冒頭のドイツの深い森の雰囲気を感じさせる暗めの音色、ゆったりとしたテンポで内声部を分厚く取った演奏は実にスケールが大きいと思います。こういう響きを聴くと、やはりベルリン・フィルはドイツのオケだなと改めて思います。さらに展開部に入って狼谷の不気味な雰囲気から、活気のあるフィナーレまで自在なテンポで観客をグイグイと引き付けます。最終音はゆったりと通常の倍に引き伸ばして壮大に締めくくります。


○1985年12月31日ライヴー2

レオンカヴァルロ:歌劇「道化師」間奏曲

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン・フィルハーモニー・ホール、ジルベスター・コンサート)

歌劇のほんの少しの時間の場面転換のための音楽が、これほどまでに凝縮されてドラマを雄弁に語り出すものであろうか、と思わせます。これはカラヤンのだけに可能な魔術であるかも知れません。情感豊かにじっくりと歌い上げる旋律は聴衆の心を深い哀しみのなかにとらえます。


○1985年12月31日ライヴー3

プッチーニ:歌劇「マノン・レスコー」間奏曲

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン・フィルハーモニー・ホール、ジルベスター・コンサート)

冒頭部の弦のからみあいの艶かしさ・旋律を歌う息の深さ、それがやがて高まって感情の奔流となって聴衆を巻き込んでいきます。弦のうねりがワーグナー的な熱さを持たず、澄み切った透明感を持って高まっていきます。見事な演奏です。


○1985年12月31日ライヴー4

リスト/ドップラー編曲:ハンガリー狂詩曲第5番「悲しい英雄物語」

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン・フィルハーモニー・ホール、ジルベスター・コンサート)

珍しい曲ですが、在りし日の英雄に対する鎮魂歌のような曲でありましょうか。ゆっくりしたテンポで英雄の過去を回想するように始まる作風は、ワーグナーの影響を受けた晩年リストの瞑想的な雰囲気を感じさせます。特に中間部でのベルリン・フィルの弦の滑らかな暗めの響きが深い情感を感じさせて見事です。


○1985年12月31日ライヴー5

ヨゼフ・シュトラウス:ワルツ「天体の音楽」

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン・フィルハーモニー・ホール、ジルベスター・コンサート)

ため息が出るほどに優雅な演奏です。ウィンナ・ワルツの微妙なリズムの揺れを、繊細な味わいでよく表現しています。ベルリン・フィルの弦はつややかで、その歌い回しの優雅なことはウィーン・フィルに負けず劣らず魅力的です。ちょっとしたリズムの変化にもウィーンらしいしゃれたセンスが見られて、ウィンナ・ワルツのお手本みたいな演奏だと思います。


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