(戻る)

インバルの録音


○1986年5月14日〜17日

マーラー:交響曲第7番「夜の歌」

フランクフルト放送交響楽団
(フランクフルト、アルテ・オーパー、DENONスタジオ録音)

バーンスタインのような熱くロマンティックな演奏と比べると、インバルのマーラーはやや冷たく、痩せて細身に聴こえますが、こちらの響きの方がマーラー本来のイメージを伝えていると思います。弦の響きに厚みをつけず 、木管の抜けの良いのは虚無的な印象を与えており、曲の持つ陰影が明確に見えてきます。その典型は第3楽章で、その舞曲風のリズムがワルツに昇華しようとして結局なれない哀しさと 、自虐的なアイロニカルな笑いが、この演奏からははっきりと聴こえます。第1楽章でもそうですが、マーラーの交響曲はロマンティックになるとして結局なれないのです。インバルはそのようなコンセプトでこの曲に対しており、フランクフルト響はインバルの意図を見事に体現していると思います。騒と静・強と弱・美と醜の要素が交錯するというよりも、それらが等価で混ざり合うという感じです。したがって不思議なほどうるさい感じがしません。両端楽章を面白く聴かせる演奏は少なくないですが、中間部の3つの楽章をこれほど面白く聴かせる演奏は滅多にありません。


○1986年9月24日〜27日−1

マーラー:交響曲第9番

フランクフルト放送交響楽団
(フランクフルト、アルテ・オーパー、DENONスタジオ録音)

旋律に過度な表所を付けず、響きをボカすところがないので、線が太いタッチのマーラーに仕上げっています。特に第1〜2楽章のテンポが遅めで、もう少し早いテンポの方が旋律がシャープに聴こえるかなと思わなくもないですが、しかし、テンポを遅くしても余計な感情を込めるようなところがなく、むしろ旋律を淡々と直線的に歌う感じです。ロマンティックななかに、どこか醒めた感触があるのがユニークなところです。第1楽章終結部では未解決で余韻を引いた感じがあるのも、面白く感じます。これが第2楽章にうまくつながっていきます。第2楽章も遅いテンポで、グロテスクななかに乾いたアイロニカルな情感があります。オケの重量感ある動きだけに頼ることなく、虚無的な表情を克明につけていきます。そにインバルの冷静さと云うか、客観性を感じさせるところです。この中間楽章が良いことで、第4楽章が生きてくるようです。第4楽章はテンポを心持ち早めにして、情感のうねりにのめりこむところはなく、響きよりも線を大切にした印象で、第1楽章終結部と同じく、未解決な部分を残したまま終わります。とてもユニークな特徴を持つマーラーであると思います。


○1986年9月24日〜27日−2

マーラー:交響曲第10番よりアダージョ

フランクフルト放送交響楽団
(フランクフルト、アルテ・オーパー、DENONスタジオ録音)

線が太い、素直な出来だと思います。テンポは遅く、スコアの音符を丹念に拾い読みしている感じですが、曲の情感に溺れるようなところはなく、客観性を保っています。弦の表情にもう少し滑らかさと艶があればと思うところはあります。無調へ崩れていく危うい儚さみたいなものがもう少しあればと感じる場面はありますが、逆にその為に、対象を突き放した乾いた感覚が聴こえるようでもあり、これはどちらとも言い難い。全体に虚無感が支配しており、旋律に思い入れが少ない分、曲の構造がよく分かります。


○1987年1月15日〜17日

ラヴェル:バレエ音楽「マ・メール・ロア」

フランス国立管弦楽団
(パリ、ラジオ・フランス・スタジオ104、DENONスタジオ録音)

これは名演。さすがにフランスのオケだなあと思うのは、心のなかに明るい陽射しと爽やかな風が通り抜けていくような心地にさせられることです。精妙なリズムで、重さを感じさせない弦の軽やかな響きに、管楽器の淡い色彩が交錯して、揺らめく幻影を見ているような気分にさせられます。ラヴェルのエスプリと香気のエッセンスを聴かせる名演だと思います。


○1987年5月25日〜27日

ラヴェル:バレエ音楽「ダフニスとクロエ」

フランス国立管弦楽団・合唱団
(パリ、ラジオ・フランス・スタジオ104、DENONスタジオ録音)

フランス国立管の透明で色彩的な響きが魅力的です。ラテン的な明晰さと香気に満ち溢れています。すみずみまで明るい光に照らされているようです。特に弦の透明な響きが素晴らしいと思います。インバルの指揮も理知的で・響きとリズムが決して重くなることがなく、ラヴェルの音楽によくマッチしていると思います。しっかり構成が取れていて・古典的な趣があります。


○1992年1月15日〜17日

マーラー:交響曲第10番(クック版)

フランクフルト放送交響楽団
(フランクフルト、アルテ・オーパー、DENONスタジオ録音)

響きがスッキリして・作曲者(編曲者)の意図を余計な装飾なしで提示しているように思われます。テンポは全体に早めですが、フレーズによって細かく緩急をつけて音楽に表情を与えています。オケの響きにも変化を与えて・マーラーらしい乾いた感じをよく出しています。第1楽章では音楽のなかみ見えるマーラーの感性の歪み、あるいは死の恐怖のような感情がよく表現されています。第2・3楽章は早いテンポでオケの戯画化された動きがマーラー的な展開を見せているのが興味深く思われます。終楽章における太鼓の一撃は、マーラーがニューヨークで見た葬式の光景から得たインスピレーションだとのことですが、強い印象を与えます。全体に校訂者クックは出すぎないように表現を抑制した感じもありますが、これはまぎれもないマーラーで・実に良心的な作業の賜物だと思います。


(戻る)