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ハイティンクの録音 


○1978年3月13日、14日

メンデルスゾーン:交響曲第3番「スコットランド」

ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
(ロンドン、ウォルサムストウ、蘭フィリップス・スタジオ録音)

速めのテンポで・颯爽として若々しい感覚の演奏です。第1楽章などテンポは若干速過ぎる感じもなくはないですが、リズムは斬れてりうので・セカセカした感じはありません。引き締まった造形に新鮮な感覚があって・ちょっとトスカニーニ的な感覚があるのは意外でした。明るい感性で曲を洗い流したような感覚があって、特に中間2楽章は軽やかで透明な仕上がりです。ロンドン・フィルは透明な響きで、弦も引き締まった造形で見事な出来です。


○1980年

ブラームス:ピアノ協奏曲第2番

ウラジミール・アシュケナージ(ピアノ)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ムジーク・フェライン・ザール、英デッカ・スタジオ録音)

スケールの大きい名演です。テンポをゆったりと息長く取り・旋律をニュアンス豊かに歌い上げています。ウィーン・フィルの響きは渋いがふくよかで量感たっぷりです。特にホルンの音色は魅力的です。アシュケナージのピアノも打鍵が強く・音が粒立ち大変に素晴らしく、ブラームスにふさわしいスケールの大きさです。ピアノとオケが張り合う緊迫感というよりは、両者が一体となってひとつの音楽を作り上げるような・音楽の器の大きさ、懐の深さを感じさせます。


○1983年6月24日・25日

ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番

イツァーク・パールマン(ヴァイオリン独奏)
アムステルダム・コンセルトへボウ管弦楽団
(アムステルダム、コンセルトへボウ楽堂、EMIスタジオ録音)

パールマンのヴァイオリンは高音が強く響き、線がちょっと細い感じがして、もう少し低音と響きの潤いが欲しい感じはしますが、もちろんテクニックは十分であるし、自由闊達な動きがヴィルトゥオーゾ協奏曲的な要素が強いこの曲に似合っていると思います。スッキリした演奏スタイルであるので、第2楽章にもう少し濃厚なロマン性が欲しいなあと思うところはありますが、パールマンの個性が両端楽章によく出ていると思います。全体的にヴァイオリニストの個性が優った印象であり、ハイティンクは手堅いサポートに徹している感じです。


○1987年7月1日ライヴ

マーラー:交響曲第1番「巨人」

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)

ベルリン・フィルの油絵具のような重い色彩感を使って濃厚に描いた音画という印象がします。第1楽章冒頭からテンポが遅く、タッチが太く重めで、全体として古典的にまとまりが良い仕上がりです。過ぎ去った遠い若い日々を回想するような趣があり、悩みも苦しみも回想のなかでは懐かしく思い出されるということでしょうか。したがって、第4楽章中間部なでもロマンティックで暖かく美しく響きます。ハイティンクらしい中庸を保った演奏で、その丸い表現に若干の喰い足らなさを感じなくもないですが、まずは安心して聴ける演奏であると云えます。


○1988年12月4日ライヴ

ヴォーン・ウイリアムス:タリスの主題による幻想曲

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)

イギリスのオケならば荒涼たるヒースの荒野が見えるのでしょうが、ウィーン・フィルの弦は柔らかく・温かく、どこか故郷の懐かしさを感じさせて・これも魅力的です。ハイティンクはウィーン・フィルの特性を生かして・ゆったりとしたテンポで・旋律をじっくりと歌わせて、良い演奏に仕上がりました。


○1995年1月21日ライヴー1

モーツアルト:セレナード第8番「ノットゥルノ」

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭大劇場、ザルツブルク・モーツアルト週間)

テンポを中庸にとり・ゆったりと旋律にふくらみを持たせた好演です。リズムはちょっと重めですが、うまく聴かせてやろうというような小細工は使わず・オケの流れに身を任せた力みのない表現です。


○1995年1月21日ライヴー2

ハイドン:交響曲第86番

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭大劇場、ザルツブルク・モーツアルト週間)

テンポは中庸で・無理な力を入れず・ウィーンフィルの自発性に任せた演奏です。旋律をふくよかに歌い・温かみのある典雅な演奏ですが、ウィーン・フィルの個性にも拠るのか・ちょっとロマンティックに傾いたところがあって・どこかモーツアルトに共通したものを感じさせます。しかし、両端楽章の表現は派手さはないけれど素敵な出来です。


○1995年1月21日ライヴー3

モーツアルト:ピアノ協奏曲第22番

アンドラーシュ・シフ(ピアノ独奏)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭大劇場、ザルツブルク・モーツアルト週間)

テンポを早めにとって・ウィーン・フィルの作り出す音楽の自発性を生かした力みのない演奏です。旋律が伸びやかに歌われ、温かみがあるモーツアルトで好感が持てます。表情が自然で生き生きとしており、魅力的です。シフのピアノは音が粒立って素晴らしく、特に第3楽章は活気があって華やかに締めくくられます。


○1995年2月21日ライヴー1

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「プルチネルラ」

オルガ・ボロディナ(ソプラノ)
ジョン・マーク・エインズリー(テノール)
イルデブラント・ダルカンジェロ(バス)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)

「プルチネルラ」のような擬古典主義の作品はあまり軽すぎると格調がなくて・面白くないし、重すぎても・古典主義の借り物的パロディの要素が生きなくて面白くないことになりますが、ハイティンクはベルリン・フィルという達者なオケを使って・その辺のバランスのとれた演奏を行っています。テンポを心持ち早めにとって・コンサートスタイルの演奏だと思いますが、響きに透明感があり・リズムの躍動感があって、形式がスッキリと聞こえてきます。歌手も嫌味のないスッキリとした歌いぶりです。


○1995年2月21日ライヴー2

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)

テンポをやや早めにとって・コンサートスタイルに割り切った演奏ですが、表現のダイナミクスが大きくて・リズム感覚が鋭敏で、しかも音楽が刺激的にならずに聴き手に迫ってきます。響きの重さよりも軽さ・透明感が感じられるのです。同時に全体の設計が見渡せるような明晰さに溢れており、よく練り上げられた表現であるなあと感心します。ハイティンクとベルリン・フィルとの相性の良さがよく分かる気がします。曲が進むにつれて音楽に熱さが加わってきて、特に第2部での盛り上げの巧さと重低音の迫力は聴き物です。


○1995年5月14日ライヴ

マーラー:交響曲「大地の歌」

ベン・ヘップナー(テノール独唱)
トーマス・ハンプソン(バリトン独唱)
グスタフ・マーラー・ユーゲント管弦楽団
(アムステルダム、アムステルダム・コンセルトヘボウ楽堂、マーラー・フェスト)

男性ふたりの独唱は女性との使い分けと比べると対照が際立たないのと、今回のヘップナーは暗めのテナーで・対するハンプトンは明るめのバリトンで声の領域が近く、どちらかひとりで歌い通しても良さそうに聞こえますが、しかし、それを別にして・ふたりともなかなか気合いの入った名唱を聴かせます。ヘップナーは言葉を大事にして・歌い過ぎないのが好ましく、第1曲「大地の哀愁に寄せる酒の歌」などとても説得力がある歌唱です。ハンプトンも声の深みが素晴らしく、表現に抑制が効いていて・これも聴かせます。ハイティンクの伴奏はとても素晴らしく、第1曲などリズムに斬れがあって・表現が生々しく、 これはワルターの名演にも比せる出来に思えます。各曲のバランスが良く、第3曲「青春について」は軽みがあって・表現に幅があり、第6曲「告別」はじっくりと深みのあるテンポでハンプトンをサポートして聴き応えがあります。


○1997年9月28日ライヴー1

シューマン:ピアノ協奏曲

内田光子(ピアノ独奏)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)

内田光子のウィーン・フィル定期初登場になります。内田のピアノはしっとりと落ち着いた音色で、渋いと言えるほど・派手さを抑えた上品な表現です。この曲は冒頭部に印象が強すぎて全体的に損している感じがしますが、内田はこの冒頭部の入り方からして・大向う受けを狙わず・地味に抑えた行き方です。そのために後の表現が生きてくるのです。それにしてもハイティンクは足取りをしっかり取って・淡々として手堅い伴奏であり、ちょっとブラームスみたいな感じも なくはないですが、渋く味わい深い演奏で・内田を見事にサポートしています。


○1997年9月28日ライヴー2

ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)

実にどっしりした感触で、「正統的」という言葉がまず浮かんでくる演奏です。しっかりとリズムが取れて・旋律は十分に歌われており、音楽に安定感があります。全体の バランスも良く・古典的な落ち着いた佇まいがあります。ウィーン・フィルのしっとりとした弦が魅力的で、金管の渋い響きがまた素敵です。一方で第4楽章など落ち着き過ぎるというか・渋過ぎるというか、玄人受けはするが・派手さに欠けるところがあるのも事実ですが、まあこれは長所と裏腹なところもあり・一概には言え ません。第2楽章はじっくりと深い表現で聴かせます。


○1997年10月18日ライヴー1

ブルックナー:交響曲第7番

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(東京、サントリー・ホール)

ブルックナーを得意とするハイティンクとウィーン・フィルの組み合わせだけに・期待にたがわぬ安定した仕上がりです。大つかみに曲の本質に迫った正統的な演奏ですが、しかし、手堅く安定しすぎで・地味な印象が残るのもまた事実。音色は渋く・線が太く、テンポが一定しているので・音楽の足取りがしっかりしています。このことはブルックナーでは大事なことだと思います。第2楽章は旋律をじっくり歌って内容の濃い音楽です。しかし、その一方で細かい表情や弱音の生かし方に多少の注文がないではありません。その辺は全体の骨格が太い印象にもつながっているので・一概に悪いと言えないところですが、地味な感じに聴こえて一般受けはしない演奏かも知れません。ともあれ鳴らすべきところはしっかり鳴っており・第4楽章はウィーン・フィルの金管の威力を見せ つけます。


○1997年10月18日ライヴー2

ヨゼフ・シュトラウス:ワルツ「うわごと」

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(東京、サントリー・ホール)

当日のアンコール曲目。ハイティンクの振るウィンナ・ワルツを聴くのは初めてですが、テンポをゆっくり取って・オケの自発性をよく生かし、作為的な表情がまったくなくて素晴らしい出来です。ウィーン・フィルの優美な弦を生かし、旋律をたっぷりと歌っています。これならニュー・イヤー・コンサートも任せられると思いました。


○2001年10月27日ライヴ

マーラー:交響曲第6番「悲劇的」

フランス国立管弦楽団
(パリ、シャンゼリゼ劇場)

フランスのオケによるマーラーは響きが実にまろやかで・とても美しい演奏です。マーラーの内面の葛藤がピリピリとした生な印象で語られるのではなく、過ぎ去った日々の思い出のように懐かしく回想されるかのようです。どこか薄いベールを通して見るように・細部の色彩やディテールが淡く感じられます。表面のザラザラが滑らかにされているような感じです。悪く言えば「斬り込みが甘い・ロマンティックに過ぎる ・問題意識が少ない」というような批判が出てきそうですが、不思議と悪い印象がしてきません。ここまで古典的な落ち着いた佇まいが徹底すると・これも21世紀のマーラーなのかなあというような気がしてきます。フランス国立管の弦は実に美しいと思います。その良さはとりわけ第3楽章の清玲な美しさに生きています。


○2004年4月25日ライヴ

マーラー:交響曲第9番

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)

線の太い・ある意味において健康的なマーラーです。虚仮おどし的なところがなく・分裂症的なマーラーの音楽を解剖するような感じもなく、音響的にうるさくないマーラーなのです。純音楽的に・健康な精神で音楽と向き合い、曲の本質を大きくつかんだと言うところ です。そのハイティンクの良さが第4楽章によく出ています。またハイティンクが焦点を第4楽章に置いていることも明らかです。第1楽章は音楽に 強くのめり込まない中庸な表現で・そこに若干の物足りなさを感じないわけではなく、第2・3楽章はリズムが重めで・アイロニカルな印象が弱い感じもありますが、それも第4楽章に向けて設計されているわけです。とにかく第4楽章はじっくりとした落ち着いた味わいのある音楽です。ウィーン・フィルの弦が温かく・実に魅力的です。


○2004年6月30日ライヴ

マーラー:交響曲第5番

フランス国立管弦楽団
(パリ、シャンゼリゼ劇場)

騒がしい躁的な感じがなく・むしろそれさえ明滅する色彩の煌めきに思われます。オケの響きは美しく磨き上げられて・フランス的な香気を感じさせますが、これをフランスのマーラーだと決め付けるわけには行きません。聴き手に鋭く突き刺さることがないマーラーだと批判することも確かにできますが、こういうマーラーもあるのかと・不思議に心地良い気がします。しかし、フランス国立管の出来としては2001年の第6番の方が良いように思います。この第5番ではちょっとムーディーに傾き 過ぎかも知れません。


○2009年12月25日ライヴ−1

マーラー:歌曲集「子供の不思議の角笛」から5曲

クリスティーネ・シュトルツィン(アルト)
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
(アムステルダム、コンセルトヘボウ楽堂)

シュトルツィンは声もよく出ていて素直に歌っていて、その最良の面が三曲目のロマンティックな「ラインの伝説」に出ていると思いますが、第1曲「魚に説経するバトヴァの聖アントニウス」や第2曲「無駄な骨折り」はアイロニカルな味わいが十分表出できていないようです。第4曲「トランペットの美しく鳴り響くところ」も確かに美しいが・表面的な美しさに留まっています。曲をメルヒェンチックに捉え過ぎかなと思います。それだとマーラー作曲であることの意味が聴こえてこないのです。第5曲は「この歌を作ったのは誰」。ハイティンクのサポートはシュトルツィンを歌唱を支えて・出過ぎることがありませんが、歌手と同じようなことが指摘できそうです。


○2009年12月25日ライヴー2

ベートーヴェン:交響曲第6番「田園」

ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
(アムステルダム、コンセルトヘボウ楽堂)

音楽の流れは流麗で・響きは美しく申し分はない出来であり・具体的にどこが悪いというでもないですが、全体として物足りない感じが否めません。「田園」には前半の演奏の出来がいまひとつでも、終楽章に向けて自然への感謝が構築が出来ていればそれなりの感銘は与えられる作品です。しかし、ハイティンクの終楽章は確かに旋律は美しく歌われているのですが、どこか印象が淡い・というよりも弱い。だから深い感銘に至らないという感じがします。それは思うに、やはり、曲の構成を横軸・つまり流れで捉えすぎであるからだろうと思います。ベートーヴェンの場合はやはりこれでは弱いのです。そう考えると第1楽章は流麗であってもどこかフワフワした感じで「田舎ヘ着いた時の愉しい気分」という実感がない。第2楽章は流れが流麗すぎて、いまひとつこれもリアルな感覚がないという感じです。第3楽章から第5楽章はやはり一体化した交響詩的な緊密さが欲しいと思います。


 

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