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フルトヴェングラーの録音(1920〜30年代)


○1929年ー1

メンデルスゾーン:劇音楽「真夏の夜の夢」序曲

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、独ポリドール・スタジオ録音)

フルトヴェングラー最初期録音のひとつ。テンポを正確に取った端正な出来で、ライヴでのテンポ自在なフルトヴェングラーを期待すると肩透かしになりますが、スタジオ録音ということでの硬さも若干あると思いますが、むしろこの時期のフルトヴェングラー/ベルリン・フィルの水準の高さが分かるということを認めたいと思います。古典的格調さえ感じさせる演奏です。ベルリン・フィルの弦の音色は濃厚で、端正な造形のなかにも、独特なロマン的な、どこか重ったるい雰囲気を感じさせるところが興味深くもあります。


○1929年ー2

バッハ:管弦楽組曲第3番〜第2曲「アリア」

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、独ポリドール・スタジオ録音)

テンポが特に遅いわけではないですが、リズム感が重く、旋律が粘って濃厚なロマン臭が漂い、如何にも一時代前のバッハそのもの。ベルリン・フィルの暗ったるい低弦の動きがねっとりとして、その印象を助長します。テンポがしっかり保たれているので、ムード的に堕ちるところまでは行っていませんが、その寸前と云う表現です。フルトヴェングラーとバッハが合わないと云うよりも、この時代のバッハ理解の所産と云うべきでしょう。


○1929年ー3

シューベルト:劇音楽「ロザムンデ」〜バレエ音楽第2番

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、独ポリドール・スタジオ録音)

曲との相性が良いのか、バッハと違って、表情が生き生きしている印象です。テンポを正確に取って、あっさりした表現で、細工するところは全くないのですが、そこから自然にロマンティックな情感が漂って来ます。ここではベルリン・フィルのやや暗めで低重心の弦の音色も、シューベルトの音楽によく似合っていると思います。


○1930年-1

R.シュトラウス:交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ポリドール・スタジオ、独ポリドール・スタジオ録音)

ベルリン・フィルが実に上手い。暗目の弦の響きがかもし出す濃厚なロマンティシズム、金管は渋く重みがあります。特に木管はユーモアたっぷりで 、その生き生きした表情が実に魅力的です。フルトヴェングラーは全体に早めのテンポをとって、テンポが大きく揺れることがなく、比較的インテンポに保たれていることで、スッキリとした古典的な感触に仕上げています。各奏者の表現が自在で ありながら、しかもその動きがぴったりと枠に収まっている感じです。これほど自由闊達な演奏なのに、不思議と整然とした古典的な印象が強いのです。この曲の模範的な演奏のひとつだと思います。


○1930年ー2

ワーグナー:歌劇「ローエングリン」第1幕への前奏曲

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ポリドール・スタジオ、独ポリドール・スタジオ録音)

心持ち速めのインテンポで、すっきりした造形のワーグナーです。冒頭からベルリン・フィルの高弦の美しさが際立っています。ロマンティックと云うよりも、むしろ古典的な清冽な美しさを感じるのは、フルトヴェングラーがテンポを揺らさずきっちり引き締まった表現を心掛けているからです。後半のドラマティックな盛り上げも素晴らしく、密度の高い演奏で感銘度は高いものがあります。ここでのベルリン・フィルの合奏力はやはり聴き物です。


○1930年ー3

ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ポリドール・スタジオ、独ポリドール・スタジオ録音)

密度の高い演奏で、当時のフルトヴェングラー/ベルリン・フィルの実力を遺憾なく発揮した演奏になっています。スタジオ録音のせいか、フルトヴェングラーはテンポをあまり動かさず、インテンポに曲を進めていきますが、きっちりと引き締まった音楽を作っているので、演奏はむしろ古典的な印象さえ受けます。しかし、形式のなかに盛り込まれた熱いロマンティックな情感は半端なものではなく、交響詩のように密度の高い表現です。後半・愛の死のフィナーレへ向けての設計が素晴らしく、聴き終ってため息をつくような充実感があります。


○1930年ー4

シューベルト:劇音楽「ロザムンデ」〜間奏曲第3番

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ポリドール・スタジオ、独ポリドール・スタジオ録音)

テンポは遅く、表情は粘り気味でロマンティックそのものですが、どこか過去の思い出を回想するような懐かしさを醸し出し、これぞシューベルトの世界と感じさせます。特に中間部の木管の物憂げなムードは、心を捉えて離さないものがあります。ただ終結部でテンポをググッと落とす締め方はやや大仰に過ぎます。


○1930年ー5

ブラームス:ハンガリー舞曲第1番

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ポリドール・スタジオ、独ポリドール・スタジオ録音)

小曲だから録音の収録時間を気にする必要がないからか、フルトヴェングラーが持前の即興性を前面に押し出した演奏になっています。冒頭のベルリン・フィルの弦の、荒涼とした風景を思わせる暗く湿った音色からして魅力的ですが、次第にテンポを速くして聴き手を煽り、また一転してテンポをグッと落とすなど、フルトヴェングラーらしさが良く出た演奏になっています。


○1930年ー6

ブラームス:ハンガリー舞曲第10番

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ポリドール・スタジオ、独ポリドール・スタジオ録音)

同年の第1番の録音と同じく、フルトヴェングラーの即興性がよく出ています。冒頭はかなり遅めに始まりますが、次第にテンポを速めて行きます。テンポ設定は自由ですが、しかし、曲が地味だけに第1番ほど成功してはいません。ベルリン・フィルの音色はいかにもブラームスと云う感じ。


○1930年ー7

バッハ:ブランデンブルク協奏曲第3番

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ポリドール・スタジオ、独ポリドール・スタジオ録音)

いかにも腰の重い、大時代なバッハです。暗い色調で濃厚に描かれた油絵を見るようで、バッハの幾何学的な線の織りなす色合いは見えて来ません。反面、このがっしりした石造りのような安定感は、やなり大編成オケならではのものです。ベルリン・フィルの低音の効いた重厚な響きがその印象をもたらしています。全体のテンポは遅めで、時代が時代であるからスタイルが合っていないと言っても仕方ないところで、古い時代のドキュメントとして聴けば良いだろうと思います。


〇1930年ー8

ロッシーニ:歌劇「泥棒かかさぎ」序曲

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ポリドール・スタジオ、独ポリドール・スタジオ録音)

フルトヴェングラーとロッシーニと云うと、とんでもない組み合わせに思えますが、期待に反して案外聴ける演奏です。もちろんロッシーニの音楽の軽味には欠けて、リズムは腰の重いところがああります。冒頭の重い出だしは如何にもそれらしく重く響きます。わざとらしく威厳を以て響くというのではなく、如何にもフルトヴェングラーらしく響くのです。一転して音楽が軽快なテンポに変化しても、響きが軽くならないところにフルトヴェングラーの真面目な人柄がよく出ているということかと思います。面白く聴かせようとせず、真面目に曲に取り組んだから、うまく行ったということかと思います。


○1930年ー9

メンデルスゾーン:序曲「フィンガルの洞窟」

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ポリドール・スタジオ、独ポリドール・スタジオ録音)

テンポが早く、フルトヴェングラーにしてはサラサラした感じで、あまりロマンティックとは云えず、感動が淡い。特に前半はもっとテンポを遅めに、低弦をうねらせるように処理するかと思いきや肩透かし。スケールがやや小さめながら手堅くまとめた印象がします。それでも中間部以降で聴かせる弦セクションの制度はダイナミックで見事なものです。


○1930年ー10

ベルリオーズ:劇的物語「ファウストの劫罰」〜ハンガリー行進曲

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ポリドール・スタジオ、独ポリドール・スタジオ録音)

フルトヴェングラーにしては珍しいレパートリーです。リズムを明確に取った演奏で、安定感があります。ベルリン・フィルの色彩感も十分で、らしくないと云えば失礼かも知れませんが、名前を隠して聴けば誰もフルトヴェングラーとは思えない、なかなか悪くない出来だと思います。


○1930年ー11

シューベルト:ロザムンデ序曲

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ポリドール・スタジオ、独ポリドール・スタジオ録音)

冒頭部が重々しくドラマティックに始まりやや腰が重い感じがしますが、展開部に入るとリズムの刻みは軽やかになり、表現に自由さが加わって来て生き生きしてきます。そこにフルトヴェングラーらしい即興性が出ているように感じます。ベルリン・フィルの低弦が効いた重心の低い響きがシューベルトらしい濃厚な雰囲気を醸し出しており、ゆったりとした大きな構えが自然に出ている感じがします。


○1932年

ウェーバー(ベルリオーズ編):舞踏への招待

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ポリドール・スタジオ、独ポリドール・スタジオ録音)

導入部と終結部のチェロのソロが、とても美しいと思います。そこはかとないやるせなさと、一抹の寂しさが漂い、決して甘ったるい印象はないのですが、とても印象に残ります。しかし、中間部のワルツはどことなく痩せて聴こえて、凛悦感がいまひとつです。テンポがやや速め、リズムの刻み方が硬めで、ちょっとワルツになっていない感じなのです。ベルリン・フィルの高弦もどことなく動きが硬い感じです。


○1933年−1

ベートーヴェン:劇音楽「エグモント」序曲

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ポリドール・スタジオ、独ポリドール・スタジオ録音)

前半部分が冴えない感じがします。テンポを遅めにとっているのはいいのですが、音の締りがなく・緊張感がいまひとつです。後半にテンポが速まると、木に竹を接いだみたいに表情が生き生きしてきます。あるいは前半と後半で録音日が違うのかなとも思います。後半部もちょっとテンポが早すぎで、オケを振り回すような感じが若干します。終結部はいったんテンポをぐっと落として・ぐいぐい加速していくのが、いかにもフルトヴェングラーらしい感じがします。


○1933年ー2

モーツアルト:歌劇「フィガロの結婚」序曲

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ポリドール・スタジオ、独ポリドール・スタジオ録音)

全体としては可もなく・不可もなくと言った感じです。リズムの軽妙さとさわやかさに欠けているのは仕方ない感じもしますが、表情は平凡です。テンポはフルトヴェングラーにしてはやや早めに感じます。ベルリン・フィルの音色はやや暗めで、オペラの序曲としては重い感じです。


○1933年ー3

モーツアルト:歌劇「後宮からの誘拐」序曲

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ポリドール・スタジオ、独ポリドール・スタジオ録音)

テンポはえらく早いのですが・どこかセカセカした感じで。アンサンブルが粗いと思います。リズムが決まっておらず、曲の軽妙さが生きてこない感じです。


○1933年ー4

ワーグナー:楽劇「神々の黄昏」〜ジークフリートの葬送行進曲

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ポリドール・スタジオ、独ポリドール・スタジオ録音)

1945年終戦時のヒトラーの死を報じるラジオ・ニュースの時に使われた録音として有名なものです。テンポは比較的速めで、暗くうねる情感の蠢きを感じさせると云うよりは、刻々と迫って来る暗い意志の強さを感じさせるものになっています。ベルリン・フィルの暗めの響きは如何にもワーグナーにふさわしいものですが、響きは直截的で力強く、高弦・金管の動きは直線的に引き締まり、いわゆるワーグナーの毒気には乏しい感じかも知れません。スッキリとした造型に感じられるのはスタジオ録音のせいもあると思いますが、むしろコンサート的表現に徹したものと云うべきで、古典的とも云える均整美を示しています。


○1935年ー1

ロッシーニ:歌劇「セヴィリアの理髪師」序曲

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ポリドール・スタジオ、独ポリドール・スタジオ録音)

いささか腰の重いロッシーニです。テンポの遅いのはまあいいとして、湧き上がっている躍動感に乏しいのは、やはりロッシーニには不向きです。特に前半は重い感じで、精神的なロッシーニと言うべきか。中間部からテンポは早くなっていきますが、オケが上滑りする感じなのも気になります。


○1935年ー2

ウェーバー:歌劇「魔弾の射手」序曲と第3幕の導入曲

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ポリドール・スタジオ、独ポリドール・スタジオ録音)

いわゆるライブ的感興には乏しいのですが、しっかりとまとまって・音楽の要求するものを十二分に表現しています。ロッシーニとは違って、やや暗めの湿り気を帯びたベルリン・フィルの作り出す音がまさにウェーバーの音楽にぴったりです。スタジオ録音のせいでしょうが、しっかりテンポを守って音楽を作っており・オペラティックな表現ではありませんが、表現に安定感があります。序曲の終わり部分ではテンポをちょっと早めて・フルトヴェングラーらしいところを見せています。


○1936年・1937年

モーツアルト:セレナード第13番「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ポリドール・スタジオ、独ポリドール・スタジオ録音)

ベルリン・フィルの響きが暗めで、哀しみを感じさせるモーツアルトですが、どこか心を引きつけるところのある音楽になっています。まずテンポがしっかりととれていて、古典的構成が守られていること。歌うべきところをしっかりと歌い、しっとりと落ち着いた佇まいを見せているとです。控えめではあるが、音楽の枠をはみ出さない音楽にフルトヴェングラーの謙虚な人柄を思わせます。


○1937年

ヨハン・シュトラウスU:喜歌劇「こうもり」序曲

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ポリドール・スタジオ、独ポリドール・スタジオ録音)

全体に重い感じで・弾けるような楽しさには乏しいのは仕方ないところですが、きっちり演奏してまずまずの出来だと思います。前半はテンポが遅いせいで表現が重いと思います。ワルツもリズムの取り方がいかにも生真面目ですが・折り目正しい感じあって、聴き手に媚びないところがフルトヴェングラーらしいところでしょうか。


○1938年2月11日

ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」〜前奏曲と愛の死

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベートーヴェン・ザール、独エレクトローラ・スタジオ録音)

当時のフルトヴェングラー/ベルリン・フィルの合奏能力の高さがまざまざと分かる演奏です。これがライヴであると熱狂のなかでうねりのある動きを見せるのかも知れませんが、クライマックスの高まりにおいても、その情熱は高まりこそすれ・熱に浮かされたようになることはありません。ある意味では醒めた演奏と言え るかも知れませんが、そこから透明感が救いのように湧き上がります。スタジオ録音のせいか・比較的早めのテンポでインテンポで曲を進めていくので、ライヴ神奉のファンには不満 でしょうが、逆にフルトヴェングラーのフォルムへの感覚の正しさを示すものです。ベルリン・フィルの響きは重厚で、特に弦の暗めの響きはワーグナーにふさわしいものです。


○1938年10月〜11月

チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベートーヴェン・ザール、独エレクトローラ・スタジオ録音)

オケの響きの暗めの色調が印象的で、曲が進むにつれて感情移入が激しくなっていくように思われますが、曲の均整を崩すほどに大きな変化ではなく、抑制が効いているのはやはりスタジオ録音のせいでしょう。思いのほかスッキリした印象の演奏ですが、第1楽章第楽章の甘い主題の歌いまわしはこれがフルトヴェングラーかなと思うほど情緒たっぷりの甘い表現です。第3楽章終結部で大きくテンポを落とす大時代的表現がちょっと奇異に感じられます。


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