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アバドの録音 (1986年)


○1986年5月11日ライヴ

ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」

ガブリエラ・べニャチコワ・チャップ(ソプラノ)、マリャーナ・リポウセク(アルト)
イェスタ・ヴィンベルフ(テノール)、ヘルマン・プライ(バリトン)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ウィーン国立歌劇場合唱団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)

アバドらしい手堅い出来で、構成がしっかりした安定感のある演奏で、その意味では安心して聴ける演奏と云えますが、やや安全志向という批判も出てきそうです。テンポはじっくくりと、リズムをしっかり刻み、音楽はやや重めの印象ですが、やや活気に乏しい感じもします。第1〜3楽章までを抑え気味に持っていって第4楽章で一気に開放する意図のようにも思われます。第2楽章はリズムの斬れが物足りず、第3楽章は訥々とリズムを刻み、リズムをしっかり踏むことにばかり気が行っているようで、安定感はありますが、オケの躍動感に乏しい印象です。第4楽章も行進曲あたりからリズムが斬れ始め、テンポが若干早くなるようです。ここから音楽は熱くなりますが、全体としては燃焼不足の感じがします。独唱陣・合唱ともに充実したアンサンブルを聴かせるだけに、ちょっと残念な出来です。


○1986年5月15日ライヴ

ベートーヴェン:交響曲第4番

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール、ウィーン芸術週間)

やや遅めのテンポをイン・テンポで守りながら、早くなりそうなパッセージでもしっかりとオケの手綱を締めている。ウィーン・フィルの自発性を大事にしながら、その表現意欲を内に秘め、気力充実した骨太い演奏に仕上げることに成功しています。特にリズムの斬れた第1楽章が出色の出来です。なお、この楽章の展開部を繰り返ししているのも珍しい例です。第2楽章は欲を言えばもう少し息を詰めた表現になればもっとスケールの大きい流れになっただろうと思いますが、ウィーン・フィルの弦は 実に美しいと思います。第3・4楽章はテンポをしっかりと抑えて、じっくりと音楽を聴かせる態度が好ましいと思います。ウィーン・フィルの次代へ伝統を引き継ぐにふさわしい好演になりました。


○1986年8月8日ライヴ

マーラー:歌曲集「子供の不思議な角笛」からの4曲

ジェシー・ノーマン(ソプラノ)
ヨーロッパ室内管弦楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭大劇場)

ノーマンの声は豪華で美しいですが、素朴さに欠けるところがあります。「浮世の生活」のアイロニカルな味わい、「トランペットが美しく鳴り響く所」の清冽な雰囲気がノーマンのグラマラスな歌唱では若干損なわれる感じがします。ドイツ語の発声は良いのですが、ちょっと饒舌でうるさい感じがするのです。逆に「ラインの伝説」ではロマンティックな雰囲気が一杯で、「誰がこの歌を作ったのだろう」ではノーマンの技巧が冴えます。アバドのサポートは手馴れたものでさずがです。ヨーロッパ室内管は弦の響きが透明で美しいと思います。


○1986年8月30日ライヴ−1

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」

マウリツィオ・ポリー二(ピアノ)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭大劇場)

同じ日に演奏された「運命」とほぼ同じことが言えます。スケールも大きく、造形的には申し分がありません。しかし、安定し過ぎの物足りなさがこの「皇帝」には感じられます。ポリーにのピアノも精彩を欠きます。オケに遠慮しているように感じられます。そのためにピアノ付き交響曲のようになってしまいました。もう少しオケと張り合ってもいいのではないでしょうか。特に第3楽章はテンポが重過ぎて構えばかりが大きくて 、盛り上がりに欠けます。


○1986年8月30日ライヴー2

ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭大劇場)

アバドがイタリア人という偏見で言うのではなく・明るくフレッシュな演奏を期待していたら、これはもう正統的で折り目正しいドイツのベートーヴェンでした。しかし、改めて考えてみれば今の中堅指揮者でこれだけ の「運命」を振れる指揮者がアバド以外にいるとは思われません。ウィーン・フィルの重厚であり、特に低弦の威力は凄いと思います。聴いているとフルトヴェングラーのコンセプトに近いものを感じさせ、安心して聴くことのできるベートーヴェンです。しかし、口の悪い人には安全運転的でオリジナリティーがいまひとつであると言うかも知れません。構えは見事なのですが、まだ解釈が借り物で自分のものになっていないような印象を受けるのです。表現にもうひとつ突き抜けるようなものが欲しい気がしてます。


○1986年9月28日ライヴー1

ベートーヴェン:レオノーレ序曲第2番

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)

これは名演です。ウィーン・フィルの渋い響きと重量感のある低音が魅力的で気合いが入っています。前半の抑えた表現から後半の盛り上がりまで、太い描線で一気に描き上げた感じで、 ベートーヴェンらしい威厳と精神的深さを感じさせます。リズムは若干重めですが、緊張感が持続して・劇的なダイナミクスの大きい演奏に仕上がりました。


○1986年9月28日ライヴー2

ベートーヴェン:カンタータ「静かな海と楽しい航海」

ウィーン国立歌劇場合唱団
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)

前半の静かな抑えた表現から後半の華やかで活気のある表現まで変化があって、小曲ながら手堅くまとめた・線の太い表現が生きています。合唱がとても素晴らしいと思います。


○1986年9月28日ライヴー3

ベートーヴェン:合唱幻想曲

マウリツィオ・ポリー二(ピアノ独奏)
ウィーン国立歌劇場合唱団
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)

ポリーにのピアノが太く力強いタッチで聞かせます。ウィーン・フィルのベートーヴェンらしい重厚で渋い音色でポリー二のピアノによくマッチしています。線の太い表現で、合唱も素晴らしく・聴きごたえのある演奏に仕上がりました。


○1986年9月28日ライヴ-4

ベートーベン:交響曲第6番「田園」

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)

リズムがやや重めで、ウィーン・フィルの重厚で柔らか味のある響きを生かして、全体に渋い印象です。意識的にフルトヴェングラーの表現を真似たような感じがあり、特に第1楽章 はちょっと表現が重過ぎるように感じられます。深刻な哲学的問題を抱えながら田園を散策しているが如くで、鈍重とまでは言わないが、あまり楽しそうな感じではありません。。第2楽章以降はテンポもちょっと早くなって、表現は穏やか になってきます。第2楽章は渋い味わいですが、ウィーン・フィルの柔らかな弦を生かして、落ち着きのある美しい表現です。 第4楽章の嵐の表現はウィーン・フィルの重量感ある響きで・なかなかの迫力。第5楽章は淡々とした自然な流れのなかに・クライマックスを無理なく作っていますが、やや盛り上げに欠けるけるところがあります。リズムが重過ぎて最後まで晴れ渡らない感じです。描くべきことは それなりに描けているとは言え、若干物足りなさが残ります。


○1986年11月10日−1

チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」

シカゴ交響楽団
(シカゴ、シカゴ・オーケストラ・ホール、米CBS・スタジオ録音)

全体にテンポ早めで、造形は引き締まり、シカゴ響は見事としか言いようがありません。激情にのめり込むことなく、冷静に音楽をコントロールしようとする理知的な眼を感じさせます。音符を忠実に音化しようとするようで、例えば第一楽章での感情が高まる激しい箇所でも、熱くなることなく作曲家の心象風景を淡々と描こうとしているかのようです。しか も、冷たくメカニカルな印象がまったくありません。第3楽章でもダイナックで色彩が飛び散るよう見事さですが、まったく呼吸の乱れさえ感じさせないシカゴ響の物凄さに感嘆すると同時に、まさにそこが若干の不満となるところです。第4楽章も情念がうねる感じはあり・真っ赤な印象はあるのですが、熱さは伝わって来ないのです。表現としては完璧で・まったく否の付けようがないのですが、更にこれを突き抜ける何かが欲しいところです。


○1986年11月10日ー2

チャイコフスキー:スラヴ行進曲

シカゴ交響楽団
(シカゴ、シカゴ・オーケストラ・ホール、米CBS・スタジオ録音)

テンポを速めに取り、スケールの大きい華麗な表現です。民俗色というのは期待しても仕方なく、純音楽的表現と云えます。


○1986年12月

シューベルト:交響曲第5番

ヨーロッパ室内管弦楽団
(ウィーン・コンツェルトハウス・大ホール、独グラモフォン・スタジオ録音)

テンポを速めにとって、スッキリとしてさわやかな表現を好ましく感じます。オケの響きが透明で・管楽器がよく通り、リズムもキビキビとして軽やかです。特に第1楽章は好演であると思います。しかし、第2楽章はややテンポが早過ぎで音楽がサラサラ流れるような感じがあります。そのためにこの楽章のロマン性がやや淡いものになってしまった気がします。後半2楽章は重い感じを聴き手に与えず、シューベルトの若書きの初々しさをそのまま音にしたようです。


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