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アバドの録音 (1985年)


○1985年2月

メンデルスゾーン:序曲「フィンガルの洞窟」

ロンドン交響楽団
(ロンドン、独グラモフォン・スタジオ録音)

描写音楽としてのイメージにこだわらず、むしろスッキリとして純音楽的な表現です。ロンドン響が明るく澄んだ響きなので、快活でサラッと明るい印象になっていて、メランコリックな気分はあまりありません。


○1985年2月25日・27日

チャイコフスキー:交響曲第5番

シカゴ交響楽団
(シカゴ、シカゴ・オーケストラ・ホール、米CBS録音)

チャイコフスキーの後期の三つの交響曲のなかでは、この5番がアバドの体質に最もよく合っているように思います。シカゴ響はどんな激しいパッセージでも息を乱さず整然と弾きこなすので、若干醒めた感じもなくはないですが、テンポを速めにとって、造形は引き締まり、否の付けようのない見事な表現です。交響詩的な密度を持つ四つの楽章の連関をしっかりと提示した設計が利いています。特に両端楽章がオケの実力を十二分に引き出した演奏になっていますが、第2楽章も遅めのテンポでしっかり描き切って見事なものです。


○1985年6月4日ライヴー1

マーラー:交響曲第10番よりアダージェット

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン・コンツェルトハウス大ホール、ウィーン芸術週間)

ウィーン・フィルの弦が実に魅力的です。音色に艶めかしい艶がって、旋律がゆったりとうねるように妖しく歌われます。どこか不安定な感性が宙に浮遊するようで、虚無的なロマンティシズムが濃厚に漂います。崩壊寸前のロマン主義と、無調音楽との境に立つ危うい感覚がそこにあります。アバドはテンポを遅めにとって、感情の揺らぎと響きの色合いの変化を丹念に描きだして行きます。聴き終わって、どこか忘れがたい、しかし未解決な余韻が残ります。


○1985年6月4日ライヴ−2

ベートーヴェン:序曲「コリオラン」

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン・コンツェルトハウス大ホール、ウィーン芸術週間)

心持ちテンポを速めにとって、シャープでしなやかな印象です。冒頭部は気合いの入った響きで、グッと聴き手にせまってくるようで、重い悲劇性を感じさせます。第2主題も抒情的な味わいが深く、しっとりして、緊張感を感じさせる充実した演奏です。


○1985年6月4日ライヴ−3

ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン・コンツェルトハウス大ホール、ウィーン芸術週間)

表情に冴えがあって、溌剌とした好演です。冒頭から気合いの入った響きで、リズムがよく斬れています。早めのテンポで疾走する第1楽章は特に素晴らしいと思います。ウィーン・フィルの弦が旋律をしなやかに歌いあげます。第2楽章葬送行進曲は早めの流麗なテンポですが、旋律はたっぷりと歌われて、深みに不足はありません。第3〜4楽章はリズムがしっかりと打ち込まれ、ウィーン・フィルの合奏力が生きています。全体が早めのテンポで一貫しており、全体がすっきりと見渡せる明晰な精神を感じさせます。


○1985年6月9日〜10日

チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番

イーヴォ・ポゴレリチ(ピアノ独奏)
ロンドン交響楽団(ロンドン、ワットフォード・タウン・ホール、独グラモフォン・スタジオ録音)

ポゴレリチのピアノはリズム感も良く・タッチに輝きもあって・なかなか良い独奏ですが、第1楽章中間部・あるいは第2楽章のテンポが遅い内省的な旋律において、ピアノの音量を極端に落として・消え入るような感じになります。オケも独奏に付き合って音量を落としますが、これはアバドの解釈ではなく・明らかにポゴレリチの解釈でしょう。別に旋律をムーディに弾き込む意図 というわけではなく、恐らく演奏全体のダイナミズムを大きくしようとする意図のように思われますが、解釈として作為的で・曲の一貫性を損なっているとしか思えない処置です。第3楽章などはリズム感もしっかりして良い出来なので、もったいないことだと思います。


○1985年8月4日ライヴ

ドビュッシー:夜想曲

ロンドン交響楽団
ウィーン国立歌劇場合唱団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭大劇場)

ドビュッシー的な香気にはやや乏しい感じですが、旋律線が明確なので聴きやすい演奏になっています。その意味ではトスカニーニのドビュッシーに似通った面があるかも知れません。弦の動きに細心の注意を払ったかのような精緻な第1曲「雲」も素晴らしいが、特に第2曲「祭り」は圧巻で、鋭敏なリズム処理で躍動感があってじつに見事な演奏です。ロンドン響は力演。第3曲「サイレーン」は女性コーラスの木目がやや粗くて デリカシーに欠け・興を削ぐ感じがあります。


○1985年8月5日ライヴ

マーラー:リュッケルトの詩による5つの歌曲

ジェシー・ノーマン(ソプラノ)
ロンドン交響楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭大劇場)

比較的軽い「ほのかな香りを」・「私の歌をのぞき見しないで」の2曲を冒頭に置いて、クライマックスを第3曲「真夜中に」に置き、「私はこの世から消えたのだ」を終曲にして締める構成です。アバドの指揮はノーマンの声を控えめに・しかし、しっかりとサポートしていて好ましいと思います。ノーマンの声は美しく、特に「真夜中に」での歌唱はスケールが大きくて圧倒的な感銘を与えられます。ドイツ語の発音が正確で丹念に言葉を歌い込んでいます。重要な点はノーマンが言葉を大切にして・朗々と歌いすぎないように抑制をかけていることで、だからワーグナー的な歌唱にはなっていないことです。だから、この曲本来の素朴さからするといささか柄の大きい・豪華な感じはしなくもないですが、ドイツリートとしての枠はしっかりと守っていると感じられるのです。第5曲「私はこの世から消えたのだ」は、じっくりと諦観の情を歌い上げた名唱です。


○1985年8月15日ライヴ

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「ペトルーシュカ」

ロンドン交響楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭大劇場)

これは素晴らしい演奏です。速めのテンポでコンサート・スタイルに徹して一気に描ききったような勢いのある演奏で、鮮烈な印象を残します。ロンドン響の出来は素晴らしく、アバドの棒に対する反応がじつにシャープで、リズム処理のうまさは無類です。謝肉祭の市場・ロシア舞曲など、リズムが跳ね・色彩が飛び散るようで、アバドの鋭敏な感覚が十二分に生きています。そのなかで親しみやすいロシア民謡のメロディーが見事に浮かび上がります。次から次へと展開されていくリズムの饗宴に場面に展開が待ち遠しく、最後まで聴き手をつかんで離しません。


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