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アバドの録音 (1976−1981年)


○1976年11月26日・28日・12月3日

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番

ラザール・ベルマン(ピアノ独奏)
ロンドン交響楽団
(ロンドン、米CBS録音)

ベルマンは安定したテクニックを披露しており、この曲を古典的で端正な趣に仕上げています。ホロヴィッツだとこの曲は悪魔的に歪んだ感性を感じさせますが、ここでは豊かで香りと落ち着きさえ感じさせます。強い自己主張をしない点もベルマンの持ち味かも知れません。アバドもベルマンに合わせて・息の合ったサポートを見せます。 アバドは冷静に音楽を制御している感じですが、メカニカルな冷たさはなく、模範的な伴奏だと思います。このコンビの良さは特に第2楽章のゆったりしたテンポの旋律によく現われていると思います。ベルマンの細やかで繊細な感覚が生きています。 全体にテンポを速めに取り、引き締まった造形で聴かせます。第3楽章はテンポをしっかり抑えて緊張感ある表現に仕上がりました。ロンドン響の出来も見事。


○1977年9月24日ライヴ

マーラー:交響曲第4番

キリ・テ・カナワ(ソプラノ独唱)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール、ベルリン芸術週間)

全体としては楷書のマーラーとでも云うべきです。ウィーン・フィルの響きはとうめいですが、どこか表情が硬く、歌い回しが直線的なのは意外でした。ウィーン・フィルがこの曲にあまり慣れていないか、初々しいとでも云うべきかも知れませんが、若干練れていない印象を受けます。オケが共感していないという感じではないですが、一生懸命に楽譜を見て弾いていますという感じです。第1楽章ではアバドはテンポの緩急をつけてメルヒェン的な要素と躁的な要素を交錯させていますが、そこのところを¥あまりガチャガチャさせずに上手くまとめています。第2楽章は早めのテンポですが、ちょっとサラリとし過ぎの感じで、この楽章のアイロニカルな味わいが薄いようです。しかし、この演奏は後半の2楽章が素晴らしい。第3楽章はテンポが速めですが、透明なロマンティシズムを感じさせてなかなか良いですし、第4楽章はキリ・テ・カナワの歌唱がとても美しい。普通は線の細い清らかな声で歌われることが多いですが、母親が歌うようにたっぷりとふくよかな声に包まれて、幸福感に満ち溢れる気分にさせられます。


○1978年3月・5月

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「プルチネルラ」

テレサ・ベルガンサ(Ms)、ライランド・ディヴィーズ(T)
ジョン・シャーリー=カーク(Bs)
ロンドン交響楽団
(ロンドン、独グラモフォン・スタジオ録音)

軽快なリズム処理が見事ですが、一方で線の絡み合いを大事にしたとも言えそうで、ストラヴィンスキーの新古典主義の音楽の面白さを満喫できます。ロンドン響の細身で明るめの響きが、洒脱な音楽の性格をよく表出しています。これはオケの個性とよくマッチしているようです。


○1978年8月13日ライヴ

マーラー:交響曲第3番

クリスタ・ルートヴィッヒ(アルト)
ウィーン国立歌劇場合唱団
テルツ少年合唱団
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭大劇場)

これは名演。若き日のアバドのマーラーはシャープな造型で、リズムの斬れがよく聴かせます。特に前半の出来が際立って良いと思います。第1楽章は推進力があり・ダイナミックで聞かせますが、この重量級の楽章の後の中間楽章の処理でこの曲の印象は相当変ると思います。アバドの第2・3楽章はテンポは若干早め、細身で動きが実に軽やかです。響きは多少乾いた感じで 、どこかにアイロニカルな味わいもあります。その一方で第2楽章は叙情的な様相においての劇的振幅が実に大きく、聴く者の心を揺さぶります。この素晴らしい中間2楽章のおかげで・第1楽章が生き、さらに続く第4・5楽章が生きてくるのです。第4楽章のルートヴィッヒの深みのある歌唱も素晴らしいと思います。


○1979年2月

マーラー:交響曲第6番「悲劇的」

シカゴ交響楽団
(シカゴ、シカゴ・オーケストラ・ホール、独グラモフォン・スタジオ録音)

リズムをしっかり取って、がっちりとした構成感を感じさせる骨太の印象です。第1楽章はリズムをやや重めに打ち込んだ安定感のある演奏で、曲想としてはどうしても前に前に行きたくなるところですが、そこを大地に足を付けて踏み締めるように進める着実な音楽造りです。シカゴ響が斬れの良い造型で 、過分が重さをまったく感じさせないのはさすがです。リズムの斬れが素晴らしく、金管がスカッと抜けるのが実に爽快です。引き締まった高弦は余分な思い入れを入れず、スッキリした歌い方ですが、決してドライではありません。旋律に余計なイメージをまとわず 、曲の本質に直截的に踏み込んでいくように感じられます。特に第3楽章のシャープな表現のなかに涼しげな抒情が漂うにが成功しています。


○1980年1月

ビゼー:「アルルの女」第1組曲・第2組曲

ロンドン交響楽団
(ロンドン、独グラモフォン・スタジオ録音)

これは同曲の数ある演奏のなかでも独自の位置を主張できるユニークな演奏だと思います。全体にテンポを速めに取り、シャープで引き締まった造型で、そのなかからほのくらい悲劇性と哀しさがそこはかとなく湧き上がってきます。若き日のアバドの音楽性の確かさを実感します。特に冒頭の前奏曲の緩急を大きく付けて・揺らすように悲劇性を高めていく設計がとても素晴らしく、この印象が最後のファランドールに至るまで全体を貫いています。パストラーレやカリヨンものどかな田園風景の描写に留まっていないのです。ロンドン響の響きは細身ではありますが、リズム感・色彩感も素晴らしく、アバドの要求するところに良く応えています。


○1980年9月19日・22日・26日

マーラー:交響曲第3番

ジェシー・ノーマン(アルト)
ウィーン国立歌劇場合唱団
ウィーン少年合唱団
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)

非常に知的でシャープな感じのする演奏です。スコア全体が見渡せるような明晰なセンスに溢れています。全体的に早めのテンポですが、特に第2楽章・第3楽章でのウィーン・フィルの響きは透明で実に美しく・心が洗われる思いです。また金管も決してケバケバしく響かず 、ウィーン・フィルの魅力にに溢れており、このオーケストラとマーラーとの相性の良さを示しているようです。第1楽章もこの複雑な楽章を整理してよ・ダイナミックな演奏を聞かせていますが、この演奏では中間楽章の位置が確かなことが 、この交響曲の重みをいっそう高めているのです。加えてこの演奏の魅力は第4楽章でのノーマンで朗々として深い歌唱を聴かせます。


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